微生物部ウイルス科 伊木繁雄


 「冬は風邪の季節」とよく言われる。冬に風邪をひいて何日も寝込んだという記憶のある方もいるであろう。しかしこの「冬の風邪」のイメージを定着させた原因は、風邪ではない。「インフルエンザ」である。

インフルエンザとは
 インフルエンザは「インフルエンザウイルス」によって引き起こされる。そして多くの風邪も、風邪の原因となるようなウイルスによって引き起こされる。しかし、その症状の重さや経過は全く異なる。一般に風邪の症状は、呼吸器症状が主体であり、加えて胃腸炎症状などが起こることもあるが、大抵軽度である。
 これに対しインフルエンザは、呼吸器症状に加え高熱と全身倦怠感、筋肉痛、関節痛、頭痛など全身症状を呈し、しかも重症化しやすい。一人が罹患すると瞬く間にその周辺にも広がり、大流行となりやすい。症状が重いことから社会に及ぼす影響力も大きく、明らかに風邪とは一線を引いて考えるべきなのである。
 しかし、インフルエンザの恐さはこれだけではない。
 特にその影響を受け易いのは、抵抗力の弱い高齢者や乳幼児のほか、呼吸器疾患、循環器疾患、糖尿病、腎不全、免疫不全症(免疫抑制剤による免疫低下も含む)などの患者である。これらの人たちはリスクが高いという意味からハイリスク者と呼ばれるが、特に高齢者はこれらの基礎疾患を持っている場合も多く、インフルエンザは大敵である。
 また高齢者は罹患しても症状が出にくいことが多く、気づいたときには肺炎を併発していることがあるので要注意である。冬季には、毎年多くの高齢者が肺炎で死亡しているが、これも実はインフルエンザが引き金となっている可能性が高いといわれている。事実、日本における総死亡者数は毎年冬季にピークを迎えるが、これはインフルエンザ流行のピークときれいに一致しているのである。
 インフルエンザは乳幼児にとっても大敵である。
 特に抵抗力の弱い子供は中耳炎や気管支炎などの合併症を起こしやすい。また国内で毎年数10名以上の子供が、インフルエンザ罹患中に脳炎・脳症を起こして死亡し、更にほぼ同数の子供が後遺症を残している。発症してから死亡するまでの期間が短く、多くは数日以内に死亡する。数種の解熱剤との関与が指摘されているが、これらの解熱剤が使用されていない例もあり、多くの症例についての原因は未だ解明されていない。
 ではどうすればインフルエンザから身を守ることができるのであろうか。
 実は最近、インフルエンザに関する医療は新たな局面を迎えた。治療薬の登場である。よく用いられるのは「ザナミビル」「オセルタミビル」などのノイラミニダーゼ阻害剤と呼ばれるものである。
 インフルエンザウイルスは、のどの上皮細胞に感染する。すると感染細胞内では、新たなウイルスが大量に生産される。しかしこれらの薬剤は、生産されたウイルスが細胞から離脱する働きを阻害するため、ほかの細胞への感染が防止される。この作用により、発症後早期に投与すれば、症状の軽減・短縮化が図れるのである。
 ただし、治療はあくまで最終手段である。まずは予防に徹し、万一の場合に治療するのが得策である。

インフルエンザを防ぐには
 北海道では毎年全国の10〜30%にも上るインフルエンザ様疾患患者が出ている。これは、インフルエンザの流行が低温・乾燥時に起こりやすいためと考えられる。一般に気温が下がるほど空気中の水分含量も低下し、のどの粘膜も痛みやすくなる。そこでインフルエンザを予防するにはまず、のどに湿り気を与え粘膜を保護するのがよい。
 また同時に、体内に取り込まれるウイルス量を減らす工夫をすることも重要である。例えばうがい・手洗いの励行とマスクの着用、人ごみを避ける、部屋の湿度を保ち換気を十分に行う、鼻で呼吸するなどである。これらの組み合わせが多いほど取り込まれるウイルス量は抑えられ、例え発症しても何の対応もしなかったときに比べれば軽症で済むと考えられる。
 ただし、この軽減効果もあくまで免疫力が十分備わっていればこそ期待できるものである。免疫力を高めておくためには、日頃からバランスのよい食事を規則正しく取り、睡眠を十分にとる。そしてストレスを上手に発散し、適度に運動もするよう心掛けることが大切である。
 いずれも健康の基本であるが、現代社会ではなかなか思い通りにいかない。そこで、あらかじめインフルエンザに対するバリケードをつくっておくのがよい。即ちワクチンである。
 インフルエンザワクチンの予防効果は世界中で認められており、学童以上の年齢であれば感染率の低下や症状の軽減化をもたらすこと、また高齢者への接種により死亡率が低下することが明らかとなっている。
 しかし中には、ワクチンを接種しても免疫ができにくい人や、アレルギーのために接種できない人もいる。また重症化が懸念される乳幼児に対する効果は今のところ明確ではない。従ってこれらの人たちをインフルエンザから守るには、周囲の人が感染を助長しないよう、配慮が必要なのである。
 インフルエンザ患者のせきやくしゃみによって放出されるウイルス量は、1回のせきで約5万個、1回のくしゃみで約10万個といわれ、これをまともに浴びた場合は感染する可能性が極めて高いと考えられる。また室内などの閉鎖された空間でせきやくしゃみをすれば、大量のウイルスが空間内を浮遊することになり、更に感染者を増やしてしまう。
 そこで、冬場にインフルエンザらしい症状が現れた場合は、これ以上感染者を増やさないためにも、また自分のためにも、不用意に出歩いたりせず治療に専念することが望ましい。
 インフルエンザウイルスには抗生物質は効かず、また市販のかぜぐすりも症状を多少軽減させるだけなので、まずは速やかに受診し、インフルエンザと診断されれば治療薬を服用して安静を保つのが快方への近道である。やむを得ず出歩く場合はマスクをすべきである。またせきやくしゃみをする際は飛沫が飛ばないよう配慮し、老人福祉施設や保育園、幼稚園などへの出入りは極力控えた方がよい。

効果的な予防措置こそ
 効果的な予防措置を講ずると感染者数が減少し、間接的にハイリスク者を守る効果が生まれる。それを示す1つの例がある。
 わが国では以前、学童のインフルエンザ予防のため、インフルエンザワクチンの学童への集団接種が実施されていた。当然多くの学童が免疫を持つこととなったが、これが思いもよらぬ効果をもたらしていた事実が、その後の調査で浮かび上がった。
 学童が感染から逃れる、あるいは軽症に推移することで高齢者への感染も予防され、結果的に高齢者の死亡率が低下していたのである。
 医療技術は日々進歩を遂げている。今後もさまざまな治療薬が登場し、薬剤による治療はますます盛んになるであろう。しかし、そのことで安心せず、まずは予防を心掛けるべきである。
 1人1人の予防意識の向上は周囲を感染から守ることにつながり、結果的に社会全体を守ることとなる。そしてその効果は治療の及ぶところではない。正に、予防に勝る治療法はないのである。
 当所では、インフルエンザウイルスの分離・同定試験(サーベイランス)、健常人のインフルエンザウイルスに対する抗体価の測定(流行予測調査)及び新型インフルエンザウイルス対策を実施している。

伊木繁雄(いき しげお)
1970年生まれ。札幌市出身。94年帯広畜産大学畜産学部生物資源化学科卒業。96年北海道大学大学院農学研究科農芸化学専攻修士課程修了。96年北海道立衛生研究所に就職。食品科学部食品微生物科、疫学部血清科を経て98年より現科。