食品薬品部食品保健科 上野健一

 四方を資源豊かな海に囲まれた島国で生活する日本人は、その地理的特性を活用し、古くから魚介類を中心とした食生活を取り入れてきました。魚介類は、タンパク質の供給源として欠かすことのできない大きな役割を担っています。近年、健康志向の高まりから、欧米諸国においても消費が増え、魚介類が改めて注目されるようになりました。

ホタテ貝の名の由来
 北海道を代表する魚介類の一つに「ホタテ貝」があげられます。通常、「帆立貝」と書かれますが、江戸時代に作られた日本初の百科事典、「倭漢三才圖會(寺島良安編)」にその記述があります。「口を開いて一つの殻舟の如く、一つの殻帆の如し、風に乗って走る。故に帆立貝と名づく。」これは、貝殻が舟の帆に似ており、貝が帆(殻)を立て海面を移動するという俗信からこのような名前がつきました。シドニーのランドマーク「オペラハウス」をイメージすると理解できるでしょう(実際の移動方法は異なります)。また、貝殻と貝柱が「扇子に月の丸」を象った秋田藩主、佐竹氏の家紋「月印五本骨軍扇」に似ていることから、「秋田貝」の別名でも呼ばれます。英語では「scallop」と呼ばれ、一般的な名称として統一されています。貝殻が扇形なため、中国では「海扇」、「扇貝」と呼ばれます。フランスでは「conque de Venus(ヴィーナスの貝)」と呼ばれ、サンドロ・ボッティチェッリの名画「ヴィーナスの誕生」に描かれているホタテ貝に由来します。
 ペリーが黒船で来航した際に函館からアメリカへ持ち帰り、新種として報告されたことから、ホタテ貝は世界的に知られるようになりました。学名は、1856年にアメリカ人Jayによって、貝殻の表面の放射状の条肋を櫛の歯になぞらえて、「Patinopecten yessoensis(JAY)(蝦夷産の櫛のある皿)」と命名されました。

ホタテ貝あれこれ
 ホタテ貝は、寒海性の二枚貝です。北海道は、北前船が干し貝柱を運んでいた時代からホタテ貝の産地として知られ、現在では「ほたて王国」と異名を持つほどで国内生産量の約8割を占めます。近年、天然物は減少し、流通しているホタテ貝はほとんどが養殖物です。養殖には稚貝を放流し自然状態で育成する「地まき養殖(増殖)」と、海中に吊し育成する「垂下養殖」があり、市場では前者を「天然貝」、後者を「養殖貝」として区別しています。通常2〜4年で出荷されますが、貝殻表面の年輪状の濃いシマの数で何年物かを判断できます。貝殻を開け、貝柱の横にある三日月形の生殖巣が白色を呈するものは雄、赤色を呈するものは雌です。また、他の二枚貝とは異なり貝柱が一つしかないのが特徴です。
 生産技術の進歩に伴い、年間を通して食べ頃ですが、特に美味しいのは生殖巣が大きく膨らむ産卵期前の冬から春にかけての時期です。春から夏にかけては貝柱が美味しくなる時期とされています。貝柱の成分が高タンパク質、低カロリーなことから、ホタテ貝は「貝の王様」と呼ばれるほどの健康食品です。
 日本では、刺身や鮨種としての人気が高く、「ハレ」の日には欠かせない、おめでたい食べ物として用いられてきました。特に、結婚披露宴ではホタテ貝の料理が重宝されます。これは、「順風満帆」人生が思うままに進むことや謡曲「高砂(高砂やこの浦舟に帆をあげて〜)」の夫婦和合の意味が込められ、また、貝が扇を開いたように末広がりで縁起が良いとされるからでしょう。中国では、ホタテ貝は最高の珍味として珍重され、干し貝柱は、中華料理には欠かせない高級食材です。フランスではホタテ貝は特別のご馳走とされ、フランス料理では、貝柱の他に周囲の精巣や卵巣も重宝されています。
 このように、ホタテ貝は食卓を豊かにする食材であり、日本料理をはじめ、中華、フランス料理といった世界各国の食文化で主役を演じています。ホタテ貝は非常に人気のある食材なのですが、時々、貝毒が発生するのが、「玉にキズ」です。貝を食べることにより食中毒を起こすことは、昔から経験的に知られていました。消費量が増加するに伴い、安全確保の面から貝毒の問題がクローズアップされるようになりました。

貝毒あれこれ
 魚介類には、天然に存在する有毒成分を含むものがあり、魚介類による自然毒を「マリントキシン」と総称します。マリントキシンによる食中毒は、重篤な症状を引き起こすため、その対策が食品衛生上きわめて重要です。マリントキシンの主なものに、「フグ毒」と「貝毒」が知られています。本稿では、貝毒について解説します。
 貝毒は、海水中に異常増殖した有毒プランクトンを二枚貝が摂食し、貝の体内に毒を蓄積することにより発生します。主にホタテ貝、アサリ、カキ、ムラサキイガイなどが毒化します。貝毒は、食中毒発生時の症状の違いから「麻痺性」「下痢性」「神経性」「記憶喪失性」の四種類が知られています。いずれも毒化原因となるプランクトンの種類と有毒成分は異なり、毒は熱や酸処理による抵抗性が強いのが共通しています。これまでに北海道では、麻痺性貝毒と下痢性貝毒が発生しています。
 麻痺性貝毒は、貝毒のなかで最も古くから知られていました。特に発生の多い北米では、インディアンの間では貝類が毒化する暖かい時期になる頃、夜間、海が光って見えるときには貝を食べてはいけないと言い伝えられていたといいます。これは、蛍光を放つ夜光虫の発生と貝毒プランクトンの発生時期が重なることが多く、それを餌とする貝が毒化するため、経験上一つの指標として、警戒をよびかけたものです。日本でも同様に、東北地方には「桐の花が咲く頃は、貝の中毒に注意せよ」との言い伝えがあります。北海道では6月上旬に桐の花が咲き、下痢性貝毒の毒化時期とほぼ一致します。地域および年次によって若干変動しますが、貝毒プランクトンは、春から夏にかけて発生するため、通常、貝の毒化はこの時期に進みます。
 麻痺性貝毒による中毒の場合、食後30分くらいから口唇・舌・顔面・四肢のシビレ感に始まり、運動麻痺が起こります。重篤な場合、呼吸筋麻痺により死に至ることがあります。治療薬はなく、毒が体外へ排泄されるまで人工呼吸による対症療法が必要となります。下痢性貝毒による中毒は、食後30分から4時間以内に下痢、吐き気、嘔吐、腹痛が発症します。通常3日程度で回復し、死亡例は報告されておりません。また、発熱を伴わないことから、腸炎ビブリオによる食中毒と区別できます。
 市場に流通するホタテ貝は、貝毒検査で安全性が確認されています。一方、毒力が規制値を超えた貝は食品衛生法により出荷が禁止されます。貝毒は主に中腸腺(通称ウロ)と呼ばれる黒い部位に蓄積し、加熱処理しても無毒化されないため、ホタテ貝を食べるときは、この部分の除去が必要です。残念なことに、現在のところ、貝毒の発生を防止する技術は開発されていません。
 当所食品保健科では、北海道沿岸海域で生産される二枚貝の貝毒検査を約30年にわたって実施し、ホタテ貝の安全性を確保するとともに貝毒に関する研究も行ってきました。また道では、以下のWebサイトで北海道沿岸の貝毒発生状況を情報公開しています。
http://www.pref.hokkaido.jp/srinmu/sr-skeie/contents/kaidoku.htm
 夏がやって来ました。キャンプ、釣り、海水浴といったアウトドアレジャーを楽しむためにも、貝毒について、十分な知識や現地の情報を持ち、本稿で述べたような「ホタテ貝についてのあれこれ」に思いを馳せるとより一層美味しくいただけるのではないでしょうか。


上野健一(うえの けんいち)
1966年生まれ。北海道北檜山町出身。北海道大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。平成7年、北海道入庁、北海道立衛生研究所勤務。平成7年から貝毒に関する試験検査、調査研究に従事。薬理毒性部毒性科学科を経て平成14年4月より現科。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.258(2003年8月)に掲載されたものです。