健康科学部温泉保健科長 内野栄治

 温泉が身近になっています。高齢者だけではなく、若者、女性にも人気で、各地の温泉へ出かける人も多くなりました。温泉には心も体もほぐす自然の不思議な魅力があります。
 ここでは北海道の温泉の特徴と温泉療法について述べ、現在当科で取り組んでいる温泉療養についての研究を紹介します。

北海道の温泉
 北海道には温泉がたくさんあり、温泉地の数と源泉の数が共に全国の約1割を占めています。総湧出量では2位、入湯客数では1位にランクされ、わが国でも有数の温泉王国となっています。これらの温泉は北海道の基幹産業である観光はもちろん、保養、地域暖房、園芸、養殖・養魚など広い範囲に利用されています。
 良く知られているように、温泉は火山活動と密接な関係があり、火山地帯では80℃以上の高温の温泉水が湧き出すことが珍しくありません。
 道内でも千島火山帯にある羅臼、弟子屈、阿寒、上川、鹿追、新得や那須火山帯の札幌(定山渓)、大滝(北湯沢)、壮瞥、登別、八雲、森(濁川)、鹿部のように、多くの地域で高温の温泉水に恵まれています。その他北桧山、熊石にも湧出しています。
 近年、掘削技術が進歩したおかげで、新冠、浜中、上湧別など火山帯から離れた地域でも温泉が誕生し、ほぼ道内全域に温泉があります。
 温泉の質は、温泉水に溶け込んでいるナトリウム、カルシウム、マグネシウム、塩化物、炭酸水素や硫酸イオンなどの主な化学成分の量や割合ばかりでなく、さらに二酸化炭素、鉄、アルミニウム、硫黄、ラドンなどの特殊成分の含有量によって細かく分類され、それぞれの泉質名がつけられています。
 一般になじみやすい旧泉質名で道内の温泉を大別すると食塩泉が圧倒的に多く、以下、単純温泉、重曹泉と続き、その他、硫黄泉、石膏泉、酸性泉、鉄泉、炭酸泉などがあります。放射能泉がみられるのは長万部の冷泉だけです。
 しかし、大まかな泉質は同じでもそれぞれの成分の濃度は各温泉で異なるため、全く同じ成分の温泉はありません。
 食塩泉を例にとっても、主な成分である塩化物イオンの濃度は0・2〜35g/sと広い範囲に渡ります。海水(19・4g/s)よりも塩分濃度の濃い温泉が浦臼、八雲、今金、神恵内、滝川、札幌、苫小牧、函館の各地に点在しています。

温泉療法
 現代の医療の主流は、最先端の技術と薬物投与によって診断と治療を行うもので、外からの力によって直接病気の原因を取り除いてしまうという特徴があるようです。
 これに対して、温泉療法は温泉水に含まれる化学成分の薬理作用や温熱・静水圧などの物理的作用だけでなく、転地、運動などの刺激により、体が本来持っている自然治癒力を引き出し強める間接的な療法とされています。
 高齢化社会が到来し、健康志向が高まるなか、温泉は道民の健康づくりや持病を癒すいわゆる療養の場として活用する例も増加しています。特に神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩などの痛みを伴う慢性疾患やリハビリテーション、さらに予防医学(対成人病やストレス性疾患等)の面で利用され、多くの効果が挙げられているようです。
 今後、慢性皮膚疾患、糖尿病に代表される代謝疾患、加齢による全体的な機能低下や調節障害などに対する温泉の医学的な作用、つまりバランスを崩している部分を正常に戻す「総合的な生体の調整作用」の効果を具体的に示すことができれば、温泉の利用は一層拡大するでしょう。
 そうなれば温泉地の活性化はもとより特に老人医療費の低減化につながる可能性があります。
 ヨーロッパでは温泉療法も医療の一環として扱われており、一定の基準で医療保険の対象となっています。わが国では科学的根拠が乏しいという理由で、いくつかの国立大学にあった温泉病院が廃止されており、温泉療法を取り巻く環境は厳しい状況にあります。
 しかし、一方ではいわゆる民間療法を単に科学的保証のない療法と批判するだけでなく、良いものは取り入れていこうという健康づくりの新たな潮流もあります。米国では民間療法を公的機関が客観的に評価して補完代替療法として普及したり、国内では健康食品、機能性食品、伝統的療法、高度先進療法などの療法を評価する補完代替医療学会が開設されるなど、今後の動きが注目されます。

温泉の効きめは?
 温泉はアトピー性皮膚炎(Atopic Dermatitis:AD)や乾癬に代表されるように、現代医療ではなかなか完全に治すことが難しい慢性皮膚疾患の患者の方々が最後の拠り所として利用する例も多いため、その効果については大きな関心が寄せられています。
 当科ではこれまでに道内の温泉を用いた療養の一般的な傾向を明らかにして、そのなかにはADを訴えて温泉を利用している人も比較的多いことを見出しました。
 また、ADの症状を悪化させる因子の一つと考えられている黄色ブドウ球菌の生育に及ぼす道内の温泉水の影響を調べたところ、pH3以下の酸性泉やホウ酸濃度の高い中性の温泉水に著しい殺菌、生育抑制作用があることが判りました。
 これらのことから、温泉水はその泉質によっては、ADの補助治療や予防にもっと有効に利用できる可能性をもっているといえます。
 さらに豊富町から温泉水を運んで利用した2名のAD患者や豊富町に長期間滞在して温泉療法を試みた4名のAD患者と2名の尋常性乾癬患者について、療養の前後の皮膚症状などを検査したところ、いずれも皮膚症状が軽快していました。
 その他、ヒトADとよく似た症状を示すモデル動物を用いた実験では、温泉水の泉質の違いによっても皮膚症状や血清IgE値の上昇に明らかな差違がありました。
 温泉分析の立場から、
「……泉質は……に効きそう」
「……温泉は……に効果がありそうだ」
などと推論はできるのですが、実証するためには療養する方々の協力や格安な宿泊施設も必要になります。
 このように課題は多いのですが、より多くの臨床例を観察・分析して、症状と適切な温泉療法との関連を明らかにしていきたいと考えています。

内野栄治(うちの えいじ)
昭和26年、熊本県生まれ。昭和53年北海道大学大学院水産学研究科水産化学専攻博士課程中退。水産学修士。医学博士(東京大学)。昭和53年から衛生研究所において有害元素の分析法及び生体影響に関する調査研究に従事、平成7年6月より現職として温泉水の化学成分、温泉の医療への有効利用に関する調査研究に従事。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.260(2003年10月)に掲載されたものです。