所長 本間寛

はじめに
 近年、感染症が再度クローズアップされておりますが、この感染症は人類の誕生と共に人が戦ってきた最大の敵と言えます。人の往来が激しくなるほど、感染症は地球規模で問題となります。古くはペストがヨーロッパで流行し、その終焉を祝ってペスト塔を建設した記録が残されています。HIV問題やSARSにしても、人の往来に伴う疾病として問題となっています。平成九年、約百年ぶりに伝染病予防法が改正され、新しい感染症対策の法律が制定・施行されました。この法律は、その後海外で発症した西ナイル熱・ニパウイルス感染症や今春のSARS流行などから、本年十月さらに改正されました。そして、地方衛生研究所の役割の一つは、これらの感染症流行阻止と予防にあります。
 北海道立衛生研究所は、第二次世界大戦後に導入された米国流公衆衛生の思想と、わが国の衛生水準向上のため厚生省次官通達により昭和二四年九月に北海道条例第五六号に基づいて設立されました。現在当所の法的背景は、平成九年の厚生省次官通知や地域保健法、健康増進法、感染症関連の法律に明記されており、その内容の充実が期待されております。
 設立当初から礼文島のエキノコックス症流行のため直ちに研究職員を同島に駐在させ、流行の原因を明らかにしました。
 その後このエキノコックス研究は継続され、現在人の血清診断では世界的な水準に達し、道の行政的施策として道民を対象とした先進的なエキノコックス症スクリーニング試験へと発展しました。また、ボツリヌス症研究では日本でいち早く「いずしの食中毒」の原因としてボツリヌス菌の同定を行い、いずし製造工程で指導を行い、ボツリヌス菌による食中毒発生防止に努めてきました。これらエキノコックス症やボツリヌス食中毒の原因になる病原微生物は、前述した新しい感染症関連の法律の対象疾患となっています。
 当所は常に時代の要請に応えるため、時流に応じて組織改正を行って来ました。最近では平成十四年四月に現在の保健衛生行政に対応するように組織換えを行い、企画総務部、健康科学部、食品薬品部、感染症センター(微生物部・生物科学部)の五部十九課(科)一室四係で構成されています。このうち企画総務部は主に研究所全般の事務処理・管理運営を行っており、他の四部十八科が試験検査・調査研究業務に従事しております。以下、試験検査業務を中心に記します。

企画総務部
 研究所の調査研究事業の総合的な調整を行うため、研究情報科を設置しました。当科は、保健福祉部疾病対策科と共同で感染症対策の法律に基づき道内医療機関から集計した感染症発症者数について、毎週集計を行いインターネットで公表しております。また所内各科の調査研究と行政側の二ーズ間の調整を行い、新たな調査研究課題や事業の設定を行っています。

感染症センター
(微生物部・生物科学部)

 感染症重視の観点から感染症センターを発足させ、微生物部細菌科・食品微生物科では細菌性感染症・食中毒を中心とした病原体検出試験、ウイルス科・腸管系ウイルス科ではHIV・SARS・インフルエンザ・SRSVなどのウイルス性感染症に関する病原体検出試験などを担っております。
 また生物科学部感染病理科は寄生虫・原虫・リケッチア検出試験ならびにエキノコックス症血清診断業務を、衛生動物科は衛生害虫・鼠族・昆虫・食品異物などの同定試験を業務としております。
 遺伝子工学科は、病原微生物の遺伝子解析に関する技術的支援ならびに組換え食品の遺伝子試験業務を行っています。
 生物資源管理科は、実験動物の飼育管理や研究所各科から登録された生物資源の保管管理を行っています。
 感染症の現代における重大さは、米国に始まるバイオテロ問題から平成十三年の白い粉事件でも明らかなように常時即応が必要であり、当所としても炭疽菌の検査体制を敷き遅滞なく対応ができました。
 また昨年はクリプトスポリジウム感染患者が報告され、従来より研究対象としてきたため直ちに問題の解決に繋ぐことができました。これらを踏まえ感染症センターとして一元的に感染症に対応し、試験検査体制の充実に専念し、SEやこの度のSARS検査についても万全を期しております。
 感染症関連の施設設備につきましては、昭和六一年特定病原体試験検査施設(P3)を建設し、以後安全な管理運営を行ってきております。
 近年特定病原体(HIV・SARSなど)検出試験に迅速に対応できた理由の一つとして、本P3施設の存在が挙げられます。本施設は設置当時国内でも最先端であり、行政側の理解により建設が可能になり、現在十二分に利用されていることは、道行政の先見性を物語っております。


食品薬品部
 食品薬品保健の重要性に基づき、食品薬品部を設置しました。
 食品科学科は農産食品を対象とし、農産食品中の残留農薬・食品添加物のモニタリングや容器包装の試験を行っています。
 食品保健科は畜産食品や魚介類に残留する農薬・合成抗菌剤などの検出試験やホタテ貝の貝毒モニタリング試験を担当しています。本年からEU向けホタテ貝輸出のための貝毒試験を開始しました。
 薬品保健科は医薬品等に関する試験、家庭用品の有害物質の検出試験を担当しています。
 薬用資源科は、北海道産の漢方薬原料の品質管理を行っております。また七百種を有する薬用植物園の管理を行い、本植物園において今年度より道民の皆さんや保健所職員を対象として山菜教室や薬草観察会を開催しております。


健康科学部
 日常生活における道民の健康増進を図るため健康科学部を設置しました。
 健康増進科は各種疾患に関する臨床病理学的試験や食に関する試験を行っております。
 飲料水衛生科では飲料水の水質に関わる試験、道内各水道施設の水質試験に関わる精度管理を、放射線科学科では全道各地の普通生活環境における放射能のモニタリングを行っております。
 生活保健科では近年の化学物質過敏症の問題に対処するため、室内空気中の化学物質の検出試験、産業廃棄物の試験の外、道内五保健所で花粉の計測を行い当所のインターネットで情報提供を行っています。
 温泉保健科は、道内温泉の成分分析や効能試験及び温泉法に基づいた証明書の発行を行っております。近年、豊富町と連携して乾癬・アトピー性皮膚炎の軽快例の収集と研究を行っております。

 その他、道民から直接依頼を受けたり保健所を経由してくる保健衛生上の様々の問題について、可能な限り相談に応じ、試験検査・調査研究などを通じて解決に努めております。行政試験や依頼試験など主要な日常業務内容については事業年報を、調査研究の成果については研究所報を毎年発刊し公表しています。またインターネットを通じ研究所全般について事業内容の公開を行っております。

 以上、日常の健康に関わる保健衛生上の問題について対応し、道民の生を衛るために設立されているのが当北海道立衛生研究所であります。
参考…当所のウェブサイト
(http://www.iph.pref.hokkaido.jp)

本間寛(ほんまひろし)
1940年生まれ、新潟市出身、昭和42年北大医学部卆、昭和47年北海道大学大学院社会医学系修了、医学博士、北海道大学医学部衛生学講座助手、同講師、旭川医科大学助教授、北海道大学医学部衛生学講座助教授、北海道立衛生研究所食品科学部長、同疫学部長、北海道衛生部保健予防課医療参事、北海道立衛生研究所副所長、平成15年4月同所長。専門領域:衛生学・公衆衛生学。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.262(2003年12月)に掲載されたものです。