健康科学部主任研究員 福田一義

 放射線と放射能が自然界や暮らしと密接に関わりのあることは余り意識されていないと思われます。そこで、理解のための基礎的な知識及び暮らしとの主な関わりを概説します。

放射線と放射能
  放射性物質は、1種類あるいは数種類の放射性核種を含み、その核種に固有なエネルギーの放射線を放出しながら崩壊しています。炭素(C)を例にとると、原子番号が6番目の元素で質量数の異なる同位体(C-11、C-12、C-113及びC-14)が存在しています。このうち、C-11とC-14は崩壊しますので放射性核種といいます。
 放射線とは、長波・短波・マイクロ波等の電波、赤外線、可視光線及び紫外線を含む電磁波一般を指していますが、それらよりも波長が短い電磁波や粒子線、すなわちアルファ線、べータ線、ガンマ線、陽子線、中性子線、高エネルギーのエックス線等は、電離放射線として区別されています。
 放射能とは、放射性核種が単位時問に崩壊する原子核の数のことをいい、単位はベクレル(Bq)で表現されます。なお、原子核の数が元の半分に減衰するまでの時間を半減期と呼んでいます。
 空気や水等の物質が放射線の照射を受けた場合、物質が吸収したエネルギーの量を吸収線量といい、単位はグレイ(Gy)で表現されます。一方、人体に対する放射線の影響度をより厳密に評価するために、吸収線量を放射線の種類(ガンマ線と中性子線では異なります)や放射線を受けた組織(全身と甲状腺のような臓器では異なります)に応じて補正したものを等価線量、実効線量及び線量当量といい、単位はシーベルト(Sv)で表現されます。

年間に受ける放射線量
 自然界にはカリウム、ウラン、トリウム等の放射性核種が存在していますので、万物は太古の昔から放射線を受け続けています。日本人が1年間に受けている平均的な放射線量は、別表に示すように、銀河宇宙線、大地、食物摂取及び空気中のラドン吸入によって体内に蓄積したものを合わせて約2.4ミリシーベルト(mSv)になります。
 医療においては、検診や治療に伴う放射線を受けています。例えば、胸部X線検診では1回当たり0.3mSv、胃部X線検診では1回当たり2.7mSvになります。赤ん坊まで含めた国民一人当たりの医療による年間の放射線量は2.25mSvと推定されています。しかし、この程度の放射線量は人体に悪影響を与えるレベルではありません。
 その他に、暮らしのなかにあって放射線源になっているものがあります。室内の煙感知器や蛍光灯のグロー放電管、時計や羅針盤の文字部分の夜光塗料には微量の放射性核種が使用されています。また、園芸用のカリ肥料(塩化カリウム、硫酸カリウム)やリン酸肥料(過リン酸石灰)、ラドン温泉及び温浴器等には自然の放射性核種が含まれています。
 これらから受ける放射線量は放射線障害の防止に関する法令に定められた量を十分に下回っており、安全性は確保されています。

日本人が1年間に受ける放射線量
降り注ぐ宇宙線から 0.36mSv
大地を構成する土壌や岩石等から 0.41mSv
食物摂取によって体内に蓄積したものから 0.33mSv
大気中のラドン吸入によって肺に蓄積したものから 1.3mSv
合計 2.4mSv

核爆発実験と死の灰
 1950年代から1960年代にかけて各国による核爆発実験が大気圏内において競って実施されました。その結果、大気圏から地上や海上に放射性降下物(フォールアウト)が降り注ぐことになってしまいました。特に、太平洋上で第五福竜丸の乗組員と水揚げされたまぐろが死の灰と呼ばれた放射性降下物に汚染された事件は今日でも全世界に警鐘を鳴らし続けています。
 この事件が契機となって、昭和32年に当所に放射能調査を担当する係が発足して現在に至っています。核爆発によって人工的に生成した分裂片の一部は、対流圏の上層の成層圏(約10キロメートルの上空)に留まっていて、その境界の圏界面を通して、また、航空機の飛行に伴う成層圏への出入りによって地上や海上への降下が続いています。
 当所では、北海道内(後述の一部の地域を除く)における雨雪水、降下物、飲用水、海水、土壌、海底土、農畜水産物、日常食等に含まれる放射性核種のレベルと推移及び大気中の放射線量の分布等を調査研究しています。約50年を経過した現況では、そのレベルは次第に低下し、高性能な機器を駆使しても検出下限値を下回るデータが多くなっています。

原子力発電所
 原子力発電の仕組みは、原子炉内において核分裂反応を臨界状態に保って、生成する熱を利用して巨大なタービンを回すことによって電気を得るものです。北海道電力株藻ュ電所は、軽水減速軽水冷却加圧水型の原子力発電所として、平成元年6月から1号機、平成3年4月から2号機を営業運転しています。電気出力はいずれも57万9千キロワットで、札幌市の西野変電所への送電を通して主に道央圏の電力需要を担っています。
 泊発電所周辺地域(泊村、神恵内村、共和町及び岩内町の4町村)については、原子力環境センターが「環境放射能監視及び温排水影響調査基本計画」に基づく環境モニタリング調査を実施し、その結果を公表しています。なお、原子力発電所周辺の線量目標値は年間0.05mSv以下に設定されています。

食品への放射線照射
 日本では、食品衛生法によって、唯一じゃがいもの放射線照射が許可されています。士幌町農業組合の士幌アイソトープ照射センターでは、日本で唯一の機関として、じゃがいもの芽止めを目的としたコバルト-60による照射事業を11月中旬から3月初旬まで実施しています。
 じゃがいもの細胞周期において、休眠期問が過ぎると芽が出て、その芽に有害なソラニンという物質が生成されます。じゃがいもに放射線照射すると、新芽の細胞分裂が顕著に抑制され、発芽防止に効果が発揮される訳です。この場合、吸収線量は150Gy以下に規制され、放射線はじゃがいもを透過してしまい、じゃがいもに放射性核種が生成されることはありません。
 暮らしに悪影響を及ぼす放射性物質は厳重に管理されていますが、当所の放射線科学科では、日常生活における放射能レベル等のモニタリング調査を継続して実施しています。安心して暮らせることに重要な役割を果たすものと確信しています。


福田一義(ふくだかずよし)
昭和23年、北海道岩見沢市生まれ。昭和49年1月、北海道大学大学院水産学研究科博士課程中退。同年2月から衛生研究所において環境放射能に関する試験検査、調査研究及び放射線取扱主任者として放射線障害の防止に従事。放射能科長、放射線科学科長を経て、平成8年より現職。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.264(2004年2月)に掲載されたものです。