食品薬品部主任研究員・薬学博士 兼俊明夫

化学物質とは? ―天然物は安全か?―
 化学物質とは化学反応を利用して人工的に合成された物質のことで、生物がその体内で合成する天然物と比べて有害であるといわれることがあります。最近では化学物質過敏症、シックハウス症候群など化学物質の悪い面がクローズアップされています。しかし、天然物がすべて安全というわけではなく、自然界には毒キノコやトリカブトなど有毒な植物がたくさんあります。一方、通常の使用法では人体にほとんど影響のない、毒性の低い化学物質も数多くあります。また、天然にも存在し、全く同じ物が合成されて使用されているものもあります。
 その一例として、カフェインがあります。これはコーヒーやお茶に含まれる成分で、興奮作用を持つことが知られています。また、カフェインはほとんどすべての風邪薬や栄養ドリンク剤に添加されており、医薬品として使われているものは人工的に合成されたものです。もともとの分類は天然物ですが、実際に使われているのは合成品ということになります。
 このように、人工的に合成されたものも天然物から得られたものも、広い意味ではすべて化学物質として認識することが必要であり、その性質や安全性をよく理解して、正しく使用しなければなりません。

家庭用品に使用される化学物質
 家庭用品とは、「主として一般消費者の生活の用に供される製品」と定義され、同じものでも業務用として工場などで使われるものは含まれません。家庭用品は家庭用化学製品と繊維製品に大きく分類され、家庭用化学製品には洗浄剤、接着剤、塗料、スプレー剤など、繊維製品には衣料品、寝具、敷物、カーテンなどがあります。家庭用品に含まれる化学物質による健康被害が社会問題としてクローズアップされたことから、昭和49年に「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」が施行されました。現在、人体に危害を与えるおそれがある有害物質として表に示す17種類の化学物質が規制されています。
 例えば、ホルムアルデヒドは皮膚障害を起こすということで、昭和50年に規制されました。とくに乳幼児は皮膚の感受性が高いことから、検出されてはならない(定量限界未満)という厳しい規制になっています。
 また、家庭用洗浄剤には、洗濯用洗剤、トイレや浴室の洗浄剤などがありますが、食器や野菜用の洗剤は食品衛生法の規制を受けるため家庭用品としての規制対象外となります。
 繊維製品は化学物質が使用されていることが非常にわかりにくい製品です。染料は繊維製品では最も使用量が多い化学物質ですが、日常生活の中で化学物質であると意識している人はあまり多くありません。また、蛍光増白剤も染料に分類されています。
 ポリエステルなどの合成繊維には、紫外線による劣化を防止する目的で紫外線吸収剤が使用されています。その他、難燃加工剤や帯電防止加工剤など繊維製品には多種類の化学物質がいろいろな目的で使用されています。
 近年、ノーアイロンをうたったワイシャツが形状記憶シャツなどとよばれて市販されています。これらの中にはホルムアルデヒド系樹脂を使用しているものもあり、ホルムアルデヒドが高濃度で溶出することが確認されているものもあります。しかし、ワイシャツのように下着の上に着るものは法律の規制対象外であるため、ホルムアルデヒドに敏感な方は注意が必要です。
 抗菌防臭加工剤は微生物の増殖を抑え悪臭の発生を防ぐ目的で、靴下やパンティーストッキングなどに処理されており、近年の清潔ブームに乗って多数の製品が開発・販売されています。抗菌防臭加工剤には銀などの無機系のものと、第四級アンモニウム塩などの有機系のものがありますが、最近はヒノキチオールなどの天然系抗菌剤を使用している製品が目立つようになりました。
 15年ほど前にはトリクロサン(別名:イルガサンDP300)という有機塩素系の抗菌剤が繊維製品の抗菌防臭加工剤として使用されていましたが、当所の研究で光や燃焼によりダイオキシン類を生成することが確認されたため、繊維製品には使用されなくなりました。このように私たちの使用する家庭用品に含有されている化学物質が、環境に大きな影響を与える危険性すらあるのです。

家庭用品の規制基準
有害物質 用途 家庭用品 基準 危惧される健康被害
ホルムアルデヒド 樹脂加工剤 繊維製品(乳幼児用) 検出せず 粘膜刺激、皮膚アレルギー
繊維製品(大人用)
接着剤
75ppm以下  
ディルドリン 防虫加工剤 繊維製品 30ppm以下 肝臓障害、中枢神経障害
DTTB 30ppm以下 肝臓障害、生殖器障害
有機水銀化合物 防菌、防カビ加工剤 繊維製品、接着剤、くつ墨、ワックス 検出せず 中枢神経障害、皮膚障害
トリブチル錫化合物 検出せず 生殖機能障害、皮膚刺激性
トリフェニル錫化合物 検出せず  
A.P.O 防炎加工剤 繊維製品 検出せず 造血機能障害
T.D.B.P.P 検出せず 発がん性
B.D.B.P.P.化合物 検出せず  
塩化ビニル 噴射剤 エアゾール製品 検出ぜず 発がん性
メタノール 溶剤 5%以下 視神経障害
トリクロロエチレン エアゾール製品、洗浄剤 01%以下 肝臓障害、中枢神経障害
テトラクロロエチレン 01%以下  
塩化水素 洗浄剤 洗浄剤 10%以下 皮膚障害、粘膜障害
硫酸 10%以下  
水酸化ナトリウム 5%以下  
水酸化カリウム 5%以下  


こわい家庭用品による健康被害!
 厚生労働省は毎年家庭用品による健康被害についての病院モニター報告をまとめており、殺虫剤や洗浄剤などによる吸入事故や装飾品などによる金属アレルギーなどの皮膚障害を報告しています。小児の誤飲事故ではたばこ、薬、洗剤、化粧品などが原因であると報告しています。誤飲の原因になる薬や家庭用品は小児の手の届かないところに保管して下さい。また、たばこをお吸いになるお父さん(お母さん?)はたばこや吸い殻の置き場所には十分気をつけて下さい。
 家庭用品による健康被害の中では家庭用化学製品によるものが最も多く、家庭用カビ取り剤による塩素中毒とみられる死亡事故も起きています。家庭用カビ取り剤は塩素系漂白剤と同様、その主成分は次亜塩素酸ナトリウムです。次亜塩素酸ナトリウムは塩素ガスをアルカリ溶液に吸収させて作るものですから、酸性になると多量の塩素ガスを猛烈に放出します。いわば家庭用塩素ボンベと言っても良いくらいのものなのです。これらの製品には「混ぜるな危険」と表示されています。しかし、単独使用でも汚れなどと反応して塩素ガスを発生しますので、使用時には換気に十分な注意が必要です。家庭用カビ取り剤は、一度に多量に使用することを避けて下さい。
 また、皮膚障害についても多数報告されており、合成洗剤による手の湿疹は圧倒的に女性に多く、炊事や洗濯などの水仕事のためと考えられます。装飾品による皮膚障害ではピアス等の金属アレルギーが最も多く、その原因金属としては大部分がニッケル、クロムで、ごくまれに金による皮膚炎も起きています。ナイロンタオルの擦りすぎによる色素沈着も少数ですが毎年報告されています。
 繊維製品に使用されている化学物質による皮膚障害についても、染料や紫外線吸収剤によるものが多数報告されています。例えば、アゾイック染料の下漬(したつけ)剤であるナフトールASや紫外線吸収剤のチヌビンPによる皮膚炎が報告されています。
 このように、日常何気なく使用している家庭用品によりさまざまな健康被害が発生していることから、家庭用品の使用には十分な注意が必要です。もし健康被害が発生したら、すぐに病院に行くことはもちろんですが、健康被害の状況を明らかにし、原因製品についてよく調べておくことが重要です。また、原因製品に関する情報については、メーカーの消費者相談窓口や国民生活センターなどに問い合わせることをお勧めします。

兼俊明夫(かねとしあきお)
医薬品分析および家庭用品中の有害化学物質の分析業務等に従事。研究課題としては、プレダイオキシン構造を有する有機塩素系化合物の衛生化学的研究、塩素化ダイオキシンにより鶏胚肝中に誘導されるチトクロームP-450に関する研究(於コーネル大学)、コイ分離肝細胞培養系を用いた化学物質の内分泌撹乱作用検出系に関する研究などを経て、現在、抗がん剤によるがんの化学療法に関する研究に従事。