北海道立衛生研究所感染症センター微生物部食品微生物科研究職員 森本洋

 10年一昔と言いますが、10年前“レジオネラ”という響きを何人の人達が耳にしたことがあったでしょうか。おそらく、ほとんどの人達は聞いたことが無かったでしょう。
 ところが今ではどうでしょう。“ああ、あの温泉で・・・”とか、“そういえばどこかの病院で・・・”と詳しくは知らないまでも、病原菌もしくは感染症としてのイメージを持たれる方が結構いらっしゃるのではないでしょうか。では何故今日そのように知られるようになったのか。その背景を探ってみましょう。

レジオネラについて

 レジオネラ属菌は、一般的に自然界の土壌や河川、湖沼などに広く生息しています。したがって、そのような自然環境から人工環境水(ビル屋上の冷却塔水、循環式の浴槽水、噴水等)中にレジオネラ属菌が入り込んだ場合、衛生管理が不十分であれば、高率に検出されることがあります。さらに、アメーバなどの細菌性捕食動物に寄生し増殖することも知られています。
 レジオネラ症には、主にレジオネラ肺炎とポンティアック熱の2種類の病型があります。マスメディア等を通じてよく耳にするレジオネラ症は、前者のレジオネラ肺炎の事を指す場合が多いようです。レジオネラ肺炎は、感染してもすぐに症状が出るというわけではなく、発症まで2〜12日程度の時間を要します。症状としては、全身倦怠感、筋肉痛、咳、呼吸困難、精神神経症状などが認められるといわれていますが、症状からの診断は非常に難しいようです。患者の男女比では、約3:1で男性患者の方が多いようです。また、劇症型と呼ばれる場合では、1週間以内に死亡するケースもあります。
 一方ポンティアック熱は、インフルエンザに似た熱性疾患であり、いわゆる風邪の症状とも非常によく似ていることから、症状からレジオネラ症を疑うことは難しいといわれています。ただ、ポンティアック熱は自然に治癒することが多く、予後は良いとされています。

えっ!大学付属病院で!
 平成8年9月、日本全国が腸管出血性大腸菌O157による食中毒で大騒ぎしていたさなか、K大学医学部付属病院で、院内感染と推測される新生児レジオネラ肺炎が発生したと報じられました。医療関係者を驚かせたことは言うまでもありません。新生児病棟で発生したこのレジオネラ肺炎では、新生児3名(さらに10数名の有症者あり)が罹患し、うち1名が死亡しました。実際には、平成8年1月から2月にかけて発生していましたが、因果関係の調査のため報道発表を9月に行ったという経緯があるようです。当時レジオネラのことは、一般にはほとんど知られていなかったこと、日本中の目が前述のO157に向いていたこと、その他さまざまな事情があったのかもしれませんが、今日では、事件発生後、半年以上も報道発表を控えることは考えにくいことでしょう。
 ほかにも、平成12年にはN大学医学部付属病院で、平成15年にはO大学医学部付属病院で院内感染が発生しており、これらは病院内における厳重な衛生管理の必要性について再認識させられた事例といえるでしょう。

ショック!
家庭用24時間風呂

 追い打ちをかけるように、平成8年末には、一般家庭に普及していたいわゆる“24時間風呂”のレジオネラ属菌汚染実態について、研究報告がなされました。当時の内閣総理大臣、橋本龍太郎氏も利用していたこともあり、マスコミがこぞって取り上げ始めました。
 その結果、24時間風呂を製造販売していたメーカー各社、それらを実際に利用していた人達はもちろんのこと、一般の人達にまでレジオネラに対する関心が急激に高まりました。メーカー側では、その対応に苦慮し、24時間風呂の生産停止、販売の自粛、中止を決定したところもありました。ただしこの時は、家庭用24時間風呂を原因としたレジオネラ症の発生は認められていませんでした。そのため、 “24時間風呂”を含めた“循環式の浴槽”全体への衛生管理体制を整え、早急に実行しなければならないというところまでには至りませんでした。しかしながら、海外での感染事例を踏まえ、その危険性を強く指摘する研究者もいました。

“危惧が現実に”
 平成12年3月から4月にかけ、静岡県K市の複合レジャー施設において、循環式浴槽水を感染源としたレジオネラ症集団感染が発生しました。発症者23名(男性21名、女性2名)、うち2名が死亡しました。さらに同年6月には、茨城県I市の入浴施設で集団感染が発生し、発症者43名(男性26名、女性17名、最終発症者45名)、うち3名が死亡しました。前述のN大学付属病院での院内感染(発症者1名、女性、死亡)は、同年6月に発生していますが、感染源は病院内の24時間風呂と考えられています。これらの事例が、行政、医療関係者に対し衝撃を与えたことは言うまでもありません。
 当時の厚生省では、公衆浴場及び旅館業におけるレジオネラ症発生の防止対策、一層の衛生水準の維持、確保を図る目的で、平成12年12月15日付で「公衆浴場における水質基準等に関する指針」を策定し、「公衆浴場における衛生等管理要領」及び「旅館業における衛生等管理要領」を全面改正しました。北海道においても条例改正を行い、平成13年11月1日から施行されています。ところが・・・。
 平成14年7月宮崎県I市において、循環式浴槽水を感染源とした日本最大のレジオネラ症集団感染が発生しました。発症者295名、うち7名が死亡しました。なぜ?と考える間もなく、8月には鹿児島県T町の入浴施設で集団感染が発生し、発症者9名、うち1名が死亡しました。事態を重く受け止めた厚生労働省では、さらに詳しいレジオネラ症発生防止対策に関する通知文を各自治体に送付したり、全国の保健所職員を対象にした「レジオネラ対策会議」を実施するなど、その対応に努めました。

衛生対策の急務
 国及び各自治体の衛生対策などにより、最近では、大きなレジオネラ症感染事例は報告されていません。しかしながら、時折入浴施設において、基準を上回るレジオネラ属菌が検出されたという報道を見かけることがあります。浴槽水の塩素消毒に対する是非も積極的に議論されているようです。ここでひとつ誤解が生じると困りますので説明を加えます。ここまで循環式浴槽水に関わる感染事例をいくつか並べました。それでは掛け流し式であれば問題は生じないのか。確かに掛け流し式において、今のところ目立った感染事例はありません。しかしながら、平成10年4月から14年3月にかけて道内の温泉利用施設を対象に、レジオネラの実態調査を行ったところ、循環式、掛け流し式を問わずレジオネラ属菌が検出されました。このことは、どういう方式であれ適切な衛生対策を行わなければ、レジオネラ属菌が生息する環境が整ってしまうことを意味しています。現在さまざまな衛生対策が検討されていますが、魔法のような万能対策はみつかっていません。従って、施設の管理責任者は、レジオネラに対する知識、衛生管理技術や体制、清掃消毒や必要に応じた施設改修のための予算などいくつかの要素を考慮して、自分の施設にあった衛生対策を考えていく必要があると思われます。そのためにも定期的なレジオネラ検査は不可欠です。当所及び10ヶ所の道立保健所では、形態学的特徴を利用した検査法を取り入れ、より正確な確認検査を実施していますのでご利用下さい。


森本洋(もりもとよう)
当所細菌科に9年間在籍し、3年前より食品微生物科に配属。一貫して食中毒を含む細菌感染症の検査、調査、研究に従事。特に入所以来、冷却塔水や浴槽水中のレジオネラ属菌検査に携わり、平成10年より道内のレジオネラ属菌に関する本格的な調査研究に着手する。それら研究データを基に検査法の普及や衛生対策の啓発に努めている。