北海道立衛生研究所感染症センター長 米川雅一

はじめに
 最近、犬や猫など多くの動物が家族同様に可愛がられている光景を目にする機会が多くなり、早朝の公園を散歩すると、様々な体型や毛色の犬たちが飼い主に連れられて散歩する姿によく出会うものです。
 一方、人と動物に共通する感染症の発生は、私たちの健康と生命を危険に曝すものであり、海外においては、SARS(重症急性呼吸器症候群)、ウエストナイル熱、狂犬病など人と動物の共通感染症が多発しており、これらの感染症がわが国に侵入することを防止する対策が、最近の大きな社会的関心事となっています。
 平成16年4月、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法という。)が改正され、人と動物との共通感染症予防対策の強化が図られ、動物の診療等に従事する獣医師の届出義務が新たに追加されました。
 本年7月には、獣医師の届出の対象となる動物として、細菌性赤痢には「サル」、ウエストナイル熱には「鳥類に属する動物」及びエキノコックス症(以下、E症という。)には「犬」が追加され、本年10月1日から施行されています。
 ここでは、数多い人と動物の共通感染症のうち話題となっている疾病のいくつかを取り上げ、特に北海道にとって重要な感染症であるE症について紹介します。

人と動物の共通感染症あれこれ
 ○SARS(重症急性呼吸器症候群)
 平成15年3月、東南アジアで発生したSARSが短期間で世界各地で発生を見る異常事態となり、わが国においても感染症危機管理対策の最重要課題になりました。
 本症は、ハクビシンなどの野生動物が持つコロナウイルスが人に感染して発症するもので、重度の呼吸器症状で死に至る症例が多いことから恐れられています。
 わが国では、感染症法を改正して、本症を「1類感染症に指定」するとともに、海外から本症が持ち込まれないための検疫業務の強化、発生時における受入れ医療機関の整備、国民への衛生教育の徹底が図られました。
 北海道では、医療関係者や行政等で構成する『北海道感染症危機管理対策協議会』が設置され、受入れ医療機関の確保、海外からの渡航者からの発生を想定した患者移送用カプセルの千歳保健所への配置と移送訓練などの対応が行われました。
 また道立衛生研究所ではウイルス検査体制を整え、発生時における早期発見、早期医療に貢献できるよう準備に努めています。
 ○狂犬病
 狂犬病ウイルスは人に身近な犬や家畜だけでなく、キツネ、アライグマ、コウモリなど幅広い野生動物に感染性が強く、人が発症した場合、ほとんどが死に至る恐ろしい感染症として知られています。わが国は、狂犬病予防注射の徹底に努めてきたことなどにより、世界でも数少ない清浄国のひとつですが、その清浄な状態を維持していくうえでの問題点がクローズアップされています。
 一つは、犬の狂犬病予防注射実施率の低下です。
 清浄国の状態を保つには、少なくとも犬の7割以上が免疫を獲得した状態を継続する必要があるとされていますが、残念ながら予防注射実施率は5割をかなり下回る現状にあるといわれ、無登録犬の増加が実態把握をさらに困難にしています。
 「室内で飼っている小型犬だから登録・注射の必要が無い。」と誤って考えている人が多いようですが、狂犬病ウイルスへの感染性に差異はありませんので、年1回の予防注射を必ず受けて、可愛いペットを常に守ってあげましょう。
 もう一つは、根室、稚内、網走、小樽などロシア船が多く寄港する港における防疫体制です。ロシアの船員は犬を航海の守り神と信じているとのことですが、狂犬病の多発国であるロシアの犬が不法上陸して狂犬病を持ち込むことが懸念されます。
 これらの港地区を所管する保健所では、市町村や地元獣医師会と協力して、ロシア犬の不法上陸防止の呼びかけや地域住民に対する犬の予防注射徹底に努めています。
 ○エキノコックス症
 E症は、単包条虫又は多包条虫による寄生虫病で、人が虫卵に汚染された飲食物などとともに体内に取り込むと、主に肝臓に寄生して幼虫まで成長し、患者は慢性の肝機能障害などの症状を呈するもので、早期発見と外科手術による肝臓寄生部位の摘出以外に有効な治療方法が無い疾患です。
 わが国では単包条虫の感染事例はほとんど有りませんが、北海道において多包条虫の感染が多く確認され、北海道の自然界に広く生息するキタキツネとエゾヤチネズミが主な宿主ですが、犬にも寄生して人への感染源となります。
 しかし人から人への感染やエゾヤチネズミから人が感染することはありません。、
 北海道以外の地域では、エキノコックスの生活環が形成されている動物の生態系は確認されていませんが、平成16年2月、北海道から移動した犬でE症の疑いのある犬が確認され、移動先での人への感染の危険性が懸念されています。
 感染の危険性がある犬として、『道内で飼育されていた期間に放し飼いなどでエゾヤチネズミを捕食した可能性がある犬』又は『狩猟等の目的で道内に連れて来て野山で活動した犬』が考えられます。
 犬がE症に感染したエゾヤチネズミを捕食すると、約1ヶ月ほど経過して小腸内で成虫になり、犬は、ほとんど症状を認めない状態で約3ヶ月程度、糞便とともに虫卵を排出し続けますので、人が感染する危険性が高いのはこの期間です。
 犬の飼い主でE症の心配がある方は、虫卵が混入している恐れのある犬の糞便を適切に処理するとともに、最寄りの動物病院等の獣医師に相談して駆虫薬投与等による治療を受けるようにしましょう。

まとめ
 人と動物との共通感染症が社会的な関心事となっており、高病原性鳥インフルエンザの国内発生により人への感染が心配され、人や動物がグローバルに交流することでSARS、狂犬病、ウエストナイル熱などの感染症の海外からの侵入も危惧されます。
 道立衛生研究所では、感染症法に定める届出対象疾患が道内で発生した場合、保健所や指定医療機関と連携して迅速・適切に検査を実施できるよう「感染症検査マニュアル」を策定するとともに、検査体制の整備を図っています。

米川雅一(よねかわまさいち)
昭和20年生まれ。熊本県出身。昭和46年帯畜大大学院獣医学修士課程修了、昭和46年北海道職員採用・旭川保健所勤務。昭和49〜63年美唄・網走・岩見沢・室蘭保健所係長、昭和63年保健環境部衛生施設課建築物衛生係長、平成3年同部食品衛生課食肉検査係長、平成6年帯広保健所主幹、平成9年道立衛生研究所食品科学部長、平成11年保健福祉部食品衛生課参事、平成13年同部食品衛生課長、平成16年から現職。