北海道立衛生研究所生物科学部生物資源管理科長 高橋健一 |
毎年夏になると、スズメバチに襲われる事故がマスコミなどで報じられます。時として命にかかわることもあり、たかが一匹の虫と侮ってはいられません。北海道でも、多い年には7名もの人がスズメバチに刺されて亡くなっています。スズメバチに襲われないためには、どのようなことに気を付けたらよいのでしょうか。 スズメバチの種類とその生活 スズメバチは日本に16種類いて、そのうち14種類が北海道に生息しています。 オオスズメバチのように体長が4センチもある大型の種類から、クロスズメバチのように1センチほどの小さなハチもいます。スズメバチには産卵を行う女王バチ、メスではあるが産卵能力のない働きバチ、そして、オスバチがいます。冬越しをするのは女王バチだけです。北海道では、5月の連休明け頃から、朽ち木の中などで冬越しを終えた女王バチが活動を始めます。 この時期の女王バチは、巣作りから産卵、幼虫の世話、そして餌集めと、一匹で全ての仕事をします。やがて、巣の中では女王バチが生んだ娘たちにあたる働きバチが出現します。すると、こんどは働きバチが巣造りや餌集め、幼虫の世話などを行い、女王バチは産卵に専念します。夏に向かって巣はどんどん大きくなり、中にはたくさんのハチが生活しています。 その後、8月から9月にかけて、こんどは巣の中でオスバチや来年に向けての新女王バチが産み出されてきます。そして、新女王バチはオスバチと交尾を終えて、冬越しに入ります。スズメバチは、このような一年間の生活を繰り返しています。 スズメバチのあの立派な巣は、春から秋までの期間しか使われず、毎年、新たな巣が造られるのです。 都市部への進出 スズメバチが生息する場所は野山だけではありません。近年、横浜市や名古屋市、京都市など都市部でスズメバチに関する相談や駆除の依頼が増えています。 札幌市では1990年代以降、住民からの相談件数が増加し、多い年には2000件近い相談が市役所や保健所に寄せられています。当所では札幌市内で駆除されたスズメバチの種類を調べていますが、その結果では、ケブカスズメバチが最も多く駆除されています。 ケブカスズメバチは木の枝などに巣を造るほか、住宅の天井裏や軒下などにも巣を造るため、人の生活の場に入り込んできてしまうのです(写真)。また、コガタスズメバチやキオビホオナガスズメバチもよく駆除の対象となります。これらは主に木の枝に巣を造るため、庭木や生垣に棲みつくからです。 都市環境下でスズメバチが問題となる背景には、都市近郊の山林隣接地での住宅地の開発や、人が出すゴミのなかに空き缶に残ったジュース類などスズメバチが餌として利用出来るものが含まれていることなどが指摘されています。
なぜハチは人を刺すのか 虫が人を刺す理由はさまざまです。誰でも一度や二度は蚊に刺された経験があると思います。 蚊は産卵のために人や動物の血液を必要として、人を刺し吸血します。ですから、メスの蚊にしか刺されることはありません。ノミも人を刺しますが、これは動物の血液が成虫の餌となるからで、オスもメスも刺します。 では、スズメバチはなぜ、人を刺すのでしょうか。スズメバチが人を刺すのは産卵や餌を得るためではなく、ハチ自身や巣を守るためなのです。身の回りに飛んできたハチを叩いたり潰そうとすると刺されます。また、巣があることに気付かずに、近くで大声を出したり振動を与えると、巣の中にいたハチたちが刺激を受けて襲ってきます。 スズメバチの針は産卵管に由来した器官で、毒嚢という袋につながっていて、刺すと毒液が出てくる仕組みになっています。産卵管由来ということで、メス(女王バチと働きバチ)だけが針を持っているため、オスのハチに刺されることはありません。また、「ハチのひと刺し」という言葉がありますが、ミツバチの針には返しがあって、いったん針を刺すと毒嚢ごと針がハチの身体から外れ、そのハチは死んでしまいます。ところが、スズメバチの針には返しはなく、何度でも刺すことができます。 ハチ刺されとアレルギー ハチに刺されると、誰でも刺されたところが痛み、腫れてしまいます。 ところが、人によっては刺されたところの反応だけでなく、吐き気がしたり発疹が出たりすることがあります。また、息苦しくなったりして、時には生命さえ危険な状態になる場合もあります。これは、一種のアレルギー反応によるものなのです。 以前にハチに刺されてハチ毒に対する抗体を持っている人が、二度目三度目に刺されると、ハチ毒に対して過敏な反応が起こり、上記のような症状を引き起こしてしまうのです。このような場合には、早急に医師の手当を受ける必要があります。 ハチに刺されないために 北海道では、スズメバチに刺される被害は8月から9月に集中して起こります。 それは、この時期にハチの巣が最も大きくなり、巣の中にはたくさんのハチがいることと、翌年に向けて新女王やオスのハチが育てられていて警戒が高まっているためです。この時期にハチの巣に刺激を与えると、きわめて危険なことになります。 では、スズメバチに刺されないためにはどのようなことに気を付けたらよいのでしょうか。まず、巣を見つけたら絶対に近づかないことです。巣が見当たらなくても、スズメバチを頻繁に見かけるような場所は近くに巣がある可能性が高いので、近づかないようにしましょう。一匹のスズメバチがゆっくりと飛んでいるときは、餌を探している場合が多く、このような時は黙って放っておくと、やがてどこかに飛び去っていきます。ただし、手出しをすると、興奮して刺されることがあります。 スズメバチは黒い色に反応して攻撃するため、野山に出かけるときには白など明るい色の服装の方がよいでしょう。また、匂いの強い香水や整髪料は、ハチを誘引したり興奮させることがあるので控えましょう。 おわりに スズメバチは確かに人にとって恐ろしい厄介者です。しかし、彼らはむやみやたらに人を襲うわけではありません。人が知ってか知らずかは別として、彼らを刺激してしまったときに防御のために刺してくるのです。また、スズメバチは農作物や樹木の害虫を幼虫の餌として利用しています。その意味では、益虫という側面も持っています。 そのように考えると、スズメバチは危険だから見かけたら即駆除、という考え方はいかがなものでしょう。人の側の対処の仕方によっては、事故を未然に防ぐことも可能です。場面に応じた、適切な対応が望まれます。 高橋健一(たかはし けんいち) 1953年生まれ。札幌市出身。77年北海道大学農学部応用動物学教室卒業。79年北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。農学博士。79年北海道立衛生研究所衛生動物科勤務。現在、生物科学部生物資源管理科長。 |
||
この記事は「しゃりばり」No.281(2005年7月)に掲載されたものです。 |