北海道立衛生研究所微生物部腸管ウイルス科 石田勢津子

 海外旅行に出かける時に、生水や、氷の入った飲み物を飲まないように、果物も自分で皮をむいて食べましょうと注意されることがあります。上下水道が充分に整っていない国々では、特に雨期の洪水の後などに、飲料水が下水によって汚染され、散発的に、あるいは大規模な水系感染が起こることがあるからです。
 そのような水系感染症のひとつに、E型肝炎があります。E型肝炎はE型肝炎ウイルスの感染によってひき起こされる急性肝炎で、かつて経口伝播型非A非B型肝炎と呼ばれた疾患です。非A非B型肝炎といえば、欧米諸国ではC型肝炎を意味しますが、発展途上国では大部分はE型肝炎であるといわれています。
 日本では長い間、海外旅行のお土産として考えられてきましたが、1999〜2002年の間に数名とはいえ、海外渡航歴のない患者が報告されました。検出されたウイルスの型はかつて海外渡航者から見つかったものとは異なるものでしたが、その感染経路は不明なままでした。
 また、国内3つの地域で行った、健康な日本人900人の血液検査についての報告では、E型肝炎ウイルスに対する抗体陽性率は平均約5%でした。過去にE型肝炎ウイルスに感染し、症状が発現しないままに治っていた可能性を示唆するものです。

E型肝炎の症状と診断
 E型肝炎ウイルスに感染した場合でも、症状が現われない不顕性感染が多いといわれています。平均6週間の潜伏期のあと、発熱、悪心、腹痛などの消化器症状、肝機能の悪化、黄疽が現れて、肝炎が疑われます。
 肝炎を発症した時に、ウイルスに対する特異的なIgM抗体が大量に産生されますので、診断はIgM抗体価の上昇確認と、ウイルス遺伝子の増幅を利用した解析法によって行われます。ただし血液や便からウイルス遺伝子を検出できる期間は発症前後2、3週間に限られています。

生肉を食べて感染?
 E型肝炎を診断した医師は感染症法に基づく届け出が義務付けられています。2002年から2003年にかけては全国で16人から30人へと報告数が増えていますが、このころから、食品からの感染を疑わせる事例の報道が増えてきました。
 2003年、野生のイノシシのレバーを生食後に2名がE型肝炎を発症し、1名が劇症肝炎で死亡しました。1名は抗体陽性を確認、もう1名からはウイルス遺伝子が検出されましたが、イノシシのレバーが残っていなかったため、原因食品であったのかどうかを証明することはできませんでした。
 同じく2003年、野生のシカ肉の刺身を食べた4名が6〜7週間後にE型肝炎を発症した事例では、患者から検出されたウイルス遺伝子と、保存されていたシカ肉から検出されたウイルス遺伝子の配列が一致しました。さらに、そのシカ肉を全く食べていないか、ほんの少ししか食べていない家族は感染しませんでした。この事例では、シカ肉を食べたことでE型肝炎に感染したことが直接証明されました。
 またイノシシ肉のバーベキューをした人たちの集団感染も報告され、患者2名から検出されたウイルス遺伝子の配列が一致しました。
 2004年10月に急性劇症肝炎により死亡した患者に関わる事例では、患者と8月に会食したグループから3名、同じ飲食店で食事をした別のグループから1名、合計4名の無症状の感染者を確認し、生焼けのブタレバーが疑われましたが、原因食品を特定するまでには至りませんでした。
 さらに、2001年から2002年にかけての調査では、10名のE型肝炎患者中9名が、2〜8週間前にブタレバーを生で食べていることがわかりました。この地域で市販品のブタレバーパックを買い上げて、ウイルス遺伝子を調べてみると、約2%で陽性という結果でした。

ウイルスはどこにいる?
 このように、イノシシ、シカ、ブタの生食がE型肝炎感染のリスクを高めていることを推測させる情報が集まってきたのを受けて、動物の調査も進んできました。野生のシカでは1%、イノシシでは地域によって3〜13%の割合でウイルス遺伝子が検出されました。抗体保有率はイノシシで20〜50%程度で、過去の感染が疑われます。
 ブタについては、さらに細かく調べられています。子ブタは集団で育てられ、6ヶ月頃になると食肉用に出荷されます。3ヶ月と6ヶ月の子ブタの調査の結果、3ヶ月では約10〜80%のウイルス遺伝子の検出率、抗体保有率は30〜80%、6ケ月ではウイルス遺伝子はほとんど検出されませんが、抗体保有率は90〜100%となっています。
 1980、1990年代の調査でも同じくらいの抗体陽性率でしたので、ここ数年で急速に感染が広まったわけではないことが明らかとなりました。ある地域のブタから検出されるウイルス遺伝子の配列は、その地域のE型肝炎患者から検出されるウイルス遺伝子と類似しているという報告もあります。
 日常でブタとの接触の機会が多い養豚業者や獣医師について、抗体陽性率を台湾、アメリカ合衆国で調べたデータがあります。獣医師や養豚業者は、対照となるブタとの接触のほとんどない人たちに比べ、1.5〜4倍の抗体陽性率を示していました。しかしながら、これらのブタに関わる仕事に従事する人たちにおいてE型肝炎患者の発症率が高いという報告はなく、衛生管理が重要とはいえ、頻繁な接触が発症につながるというわけでもなさそうです。
 また、ブタは明らかな臨床症状を示さず、肉眼で病変を確認できる程度です。子ブタについては、集団で育てられている時期に感染してもそのほとんどは無症状であり、抗体はできるものの、出荷時においてはウイルスは体内から消失しているというような状況が考えられます。
 とはいえ、市販品のブタレバーからウイルス遺伝子が検出されたという報告や、イノシシ肉、シカ肉、ブタレバーの生食による感染が疑われているのですから、やはり内臓だけではなく、肉も十分に加熱することが、感染を防ぐ上で重要です。ブタレバーなどにウイルスが残っていたとしても、通常の加熱調理で感染性は失われます。
 ハム、ソーセージなどの加工食品も、食品衛生法に基づく食肉製品の製造基準である63℃で30分間と同等以上の熱処理で、E型肝炎ウイルスは感染性を失うため、危険性はありません。


 北海道立衛生研究所では、道内で発生したE型肝炎の患者さん由来の検体からウイルス遺伝子の検出をしています。E型肝炎については、いまだ病院における確立された検査システムはなく、主に臨床症状と、他のウイルス性肝炎ではないことを確認すること、さらには積極的にE型肝炎の感染経路や検出法、疫学などを研究しているグループの検査によって診断がなされるというのが現状です。
 発展途上国では大規模な水系感染が疑われる事例は古くから多発してきましたが、原因ウイルス粒子が電子顕微鏡で検索されたのは1983年、遺伝子配列が明らかになったのは1990年と、ウイルスと病気の関係が認識されてからそれ程時間がたっていません。潜伏期間が長く感染源との接触状況が曖昧になることや、感染しても発症しない可能性が高いこと、ウイルス遺伝子を検出できる期間が限られるなど、集団感染であっても探知が困難になりがちです。
 治療が遅れると劇症肝炎で死亡する例もあり、潜在的な感染者の把握や、感染源の特定など、早期に解決すべき問題が数多く残されている感染症といえます。

石田勢津子(いしだ せつこ)氏
2003年秋から急性胃腸炎の集団感染や食中毒の原因ウイルス究明に従事。ノロウイルスは小さいながらも都合よくできていると感心しながら、検出法を検討し、感染源、感染経路の解明による予防をめざしている。薬学修士、医学博士。