海からの贈り物 〜魚と共存する生き物たち〜
北海道立衛生研究所感染病理科長 八木欣平

 日本は周りを海に囲まれていて、海からの豊かな贈り物を享受しています。エネルギーや観光資源もありますが、なんといっても食用としての魚介類は、われわれにとってはなくてはならないものです。
 最近では、技術の向上により養殖魚が食卓に上ることもしばしばですが、基本的には魚は自然のもので、そこにはいろんな他の動物たちが共存しています。日本人は長い歴史の中で魚食の文化を培い、これらの生き物の存在とも折り合いをつけてきたと思うのですが、その折り合いの継承が難しいこともあります。

混入異物? case1 へラムシ
 食べ物の中に虫が入っていると、大騒ぎです。当たり前ですよね。で、どうするかというと、当然その食べ物を提供したところにクレームをつけます。虫なんか頼んでいないよ‥‥‥と。虫がゴキブリやハエだったりしたらパニックです。食べた人は二度とその食品を食べることができなくなるかもしれません。それでは、ワラジムシが入っていたら……。今年、そんなケースに遭遇しました(写真1)。


写真1 食材の中から出てきたへラムシの一種

 加工用の食材の中にワラジムシが入っているというのです。でも、よく調べると等脚目のへラムシ″の仲間。格好は確かにワラジムシに似ているのですが、海ならどこにでもいる大きなプランクトンのようなものです。海藻か小魚かなにかといっしょに紛れ込んできたものと考えられました。もちろんこの虫には衛生上の問題は全くありません。よく似た例で佃煮の中に紛れ込んでいるのもあって、クレームの対象となったことがありました。当時佃煮を生産している方に聞いたら、昔から入っている。″との一言。
 以前では問題にされなかったことも、時代が変わって無視できなくなってくるということもありますが、いずれにしても、虫の種類をはっきりさせることは、問題解決の近道です。

混入異物? case2 ウオビル
 大阪の某デパートの食品売場担当の方からの問い合わせ。生エビの入った袋の中で変な虫が動いている。危ないものではないのか?との問い合わせでした。
 どうして大阪から北海道の衛生研究所に問い合わせるのか、疑問に思ったのですが、北海道産エビということで納得して、送ってもらいました。顕微鏡で見ると、身体の頭としっばの先端に特徴的な吸盤構造がありました (写真2)。


写真2 エビと一緒にいたウオビルの一種



 これは魚の体液を餌にしているウオビルの仲間。このグループは、海底の石や、まれにカニなどの甲穀類の体表に卵を産みつけることがわかっています。魚には害があるのかもしれませんが、ヒトへの衛生上の害はまったくなし。
 生きていなければ、ゴミ扱いだったかもしれません。改めて新鮮な魚介類の輸送システムの進歩に驚かされました。これも、種類をはっきりさせることで解決しましたが、最近はこのような生物の研究者も少なくなって、情報を得るのが困難になってきています。

寄生虫 case1 アニサキス
 魚に寄生虫がついているのは当たり前……が通用するのかどうか?魚はお話したとおり野生の生き物で、たくさんの他の生命体と一緒に生活しています。その中で、ヒトに最も影響を持つのがアニサキスです。アニサキスはもともと鯨やアザラシの寄生虫で、その幼虫が寄生している魚をヒトが食べると、胃の内壁に潜り込んで強烈な痛みを引き起こすというものです。
 日本の、いや世界的にもアニサキス研究の第一人者であった故石倉肇博士は、1997年までに日本国内で既に30000例ものアニサキス症の症例があることを報告していますが、幸いなことに死亡例は一例もありません。ただ、腸に潜り込んだ場合、手術が必要な場合もあるので注意しなければなりません。
 アニサキスは、しっかり冷凍すれば感染性が無くなりますが、刺身としての味は落ちます。日本人は活きの良い刺身をおいしく食べたいという欲求には勝てないようで、まだまだアニサキス症はなくならないものと思います。


写真3 ヒトに寄生していたアニサキス幼虫

寄生虫 case2 コリノソーマとボルボソーマ
 内視鏡技術の発達でわれわれの胃や腸は口からもお尻からも検査できるようになりました。この技術の発達により、明らかになったのが奇妙な寄生虫の存在でした。


写真4 コリノソーマ(上)とボルボソーマ(下)

 写真4の上はコリノソーマ、下はボルボソーマという寄生虫(鉤頭虫)の一種で、アザラシや鯨などの海洋性の哺乳動物の寄生虫です。ヒトへの病原性については、ボルボソーマは腸を穿孔して腹膜炎を引き起こすと報告されていますが、コリノソーマの病原性は明らかではありません。同定を依頼されたケースは両者とも、他の目的の内視鏡検査中に腸管に引っかかっていたものを摘出したもので、患者さんに症状は認められませんでした。これらは幼虫の寄生した魚を食べることで感染するもので、これまでにもあったケースが、内視鏡検査のような新しい検査技術の発達により容易に見つかるようになったと考えられます。


 魚介類に関連した変わった虫たちの同定依頼は、まだまだあります。チョウ(蝶ではありません)、ヒモビル、粘液胞子虫……などなど。その多くがヒトへの衛生上の害がないか、あってもほんのわずかなものです。
 有史以前から日本人は海からの贈り物に感謝しながら、その恩恵を受けてきました。その中にはいくつかのトラブル(フグ中毒やアニサキスなど)もあったのでしょうが、全体的な恩恵に対するリスクとして受け入れられてきました。しかしながら、時代は移り変わっていきます。魚食文化も病原性や危険性をより明確にしなければならないことが増えてきました。食品を提供する方に責任が生じます。
 魚に寄生する寄生虫やその周辺の虫たちの多くは、ヒトに危害を加えることはありませんが、その種類を決めるという検査の重要性は高まっているといえます。ところが、そのような基礎的な研究を行っている機関や研究者は少なくなっているのが現実です。北海道立衛生研究所では、これらの問題を克服するために、虫の種類を判定する研究機関や研究者のネットワークを構築すると共に、生物学共通の遺伝子技術を用いて種を同定する方法と、遺伝子情報のデータベースの確立を検討しています。


八木欣平(やぎ きんペい)氏
1978年北大獣医学部卒業。83年より衛生研究所に勤務、工キノコックス症、アニサキス症など、北海道における寄生虫症の調査研究に携わる。専門は寄生虫学。現在は主として寄生虫蠕虫の遺伝子による同定技術についての研究を行っている。
 
 

この記事は「しゃりばり」No.290(2006年4月)に掲載されたものです。