黄色ブドウ球菌食による中毒
北海道立衛生研究所微生物部腸管系ウイルス科研究職員 池田徹也

 細菌による食中毒は、例年7月から9月にかけて多発します。北海道においてはここ数年、その発生は多くありませんが、今年も安心とは限年ません。過去には大規模な食中毒が発生した年や、食中毒が多発した年もあります。代表的な例を挙げますと、昭和63年には、錦糸卵を食材とした学校給食を原因とした大規模なサルモネラ食中毒が発生しており、平成8年には、腸管出血性大腸菌O157による食中毒が道内でも猛威を振るいました。また、平成10年には、本道では患者の発生はありませんでしたが、道内産のイクラによる腸管出血性大腸菌O157食中毒が東京や神奈川などで発生し、翌11年には道内において腸炎ビブリオによる食中毒の多発が、さらに、翌12年には道内産の脱脂粉乳による大規模な黄色ブドウ球菌食中毒が大阪などで発生したところです。
 今回は、このような細菌性の食中毒について少しでも知って頂くために、当所でも積極的に取り組んでいる黄色ブドウ球菌についてご紹介します。

黄色ブドウ球菌とは
 黄色ブドウ球菌と呼ばれる菌をご存じでしょうか?これは決して珍しい菌ではありません。人や動物の化膿性疾患に関係した歯ですが、化膿していなければ菌を持っていないというわけでもありません。健康な人でも約30%が鼻腔や手指などに持っていると言われています。もちろん人だけではなく、他のほ乳類や鳥類にも広く分布し、私達の身の回りにごく普通に存在している菌なのです。
 顕微鏡で観察すると良く分かるのですが、直径約1μm(1mmの1000分の1)の球形をした菌で、複数の菌が集合してブドウの房状に見えます。このことと、培養したときに黄色い色素を出す特徴により、黄色ブドウ球菌と名付けられました。また、耐熱性で、乾燥にも強く、食塩濃度が高く(7〜10%)ても生きていけるという特徴を持っています。
 黄色ブドウ球菌は食中毒菌としてもよく知られており、この菌に多量に汚染された食品(一般に1g当たり10**6個以上)を食べると、1〜5時間の潜伏期間の後に、吐き気・嘔吐・腹痛・下痢などの症状が現れます。ただ、重篤になることは少なく、数時間から2日で症状は改善すると言われています。

ブドウ球菌エンテロトキシン
 黄色ブトウ球菌による食中毒発生のメカニズムはどうなっているのでしょうか?黄色ブドウ球菌はブドウ球菌エンテロトキシン(以下エンナロトキンン)と呼ばわる毒素を産生します。そのため、食品中で黄色ブトウ球菌が大量に増えると、そこにエンテロトキシンが蓄積されることになります。エンテロトキシンは酸に強いため、胃酸でも消化されず、胃や小腸から吸収され、嘔叶を引き起こします。更に、熱にも強いため100℃30分間の加熱でも壊れてしまうことはありません。そのため、エンテロトキシンに汚染された食品は「加熱したから大丈夫。食べられるよ」ということにはならないのです。
 現在、18種類のエンテロトキシンが報告されており、特にA型、B型、C型、D型、E型の5種類が有名です。もちろん、これら全てを1つの黄色ブドウ球菌が産生しているわけではありません。「どれも産生しない」「どれか1種類だけ産生する」「複数を産生する」など様々な黄色ブドウ球菌がいますが、食中毒の原因として検出される場合はA型、動物から検出される場合はC型のエンテロトキシンを産生する傾向にあるようです。

黄色ブドウ球菌食中毒の発生数の推移
 黄色ブドウ球菌による食中毒はどのくらい発生しているのでしょうか?昭利59年以前は、日本の食中毒事件数の25〜35%を占めており、社会的に大きな問題となっていました。その後、この割合は徐々に減少していき、平成17年に発生した日本国内の食中毒1545件の内ぶどう球菌食中毒 1)は63件(患者数1948名)で、4.1%となっております。北海道に限定して、過去3年間の発生件数を見ると、平成15年に2件(患者数3名)、平成16年に0件、平成17年に0件と、ほとんど発生していないことが分かります。この3年間の北海道の食中毒は122件報告されていますから、ぶどう球菌 1)が原因の食中毒は1.6%ということになります。
 なお、全国的な食中毒情報は厚生労働省のホームページ、北海道の食中毒情報は北海道のホームページに掲載されていますので参照してください。
1)食中毒の統計資料では、「ぶどう球菌」という言葉が使われます。この「ぶどう球菌」は広義には黄色ブドウ球菌を含むスタフィロコッカス属全般の菌を指しますが、食中毒を起こすのは黄色ブドウ球菌だけです。

戦後最大の食中毒事件
 黄色ブドウ球菌食中毒は発生数こそ減りましたが、「過去の食中毒」ではありません。平成12年6月、開西地区を中心に、低脂肪乳などの加工乳を飲んだ人達が次々と嘔吐・吐き気を訴える食中毒が発生しました。最終的には患者数が13420名となり、日本国内の食中毒としては戦後最大になってしまいました。この食中毒の原因が黄色ブドウ球菌(エンテロトキシン)だったのです。
 大阪市などでこの加工乳を調べたところ、黄色ブドウ球菌は検出されなかったのですが、エンテロトキシンが検出されました。更に、その後の調査で、加工乳の原材料として使用された脱脂粉乳が既にエンテロトキシンに汚染されていたことが分かりました。しかも、この脱脂粉乳からも黄色ブドウ球菌は検出されませんでした。
 では、どうして脱脂粉乳はエンテロトキシンに汚染されたのでしょうか? 原因となった乳製品工場における調査によって、この脱脂粉乳の製造途中で停電があり、製造ラインが一時ストップしていたことが分かりました。さらに、この停電の過程において温度管理のトラブルが生じ、製造ライン内に滞留した乳の中に混入していた黄色ブドウ球菌が増殖し、食中毒を起こすのに必要な量のエンテロトキシンが産生された可能性が高いと推定されました。そして、停電から復旧後、増殖した黄色ブドウ球菌は、加熱殺菌により死滅し、脱脂粉乳にはエンテロトキシンだけが残ったと考えられています。
 この食中毒の背景には「加熱するから大丈夫」という油断があったのかも知れません。食中毒予防には「菌を付けない、菌を増やさない、菌を殺す」という3原則が基本なのですが、「菌を殺してしてさえしまえば大丈夫」という意味ではないことを留意して下さい。

■池田徹也 (いけだ てつや) 氏
平成7年帯広畜産大学畜産学部卒業。同年4月から食品微生物科に在籍し、平成17年4月から腸管系ウイルス科に配属。食品衛生に関係する微生物の検査、調査、研究に従事。特に平成12年以降は黄色ブドウ球菌や、ブドウ球菌エンテロトキシンに関する調査研究に取り組んでいる。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.293(2006年7月)に掲載されたものです。