魚介類と腸炎ビブリオ
北海道立衛生研究所微生物部食品微生物科長 清水俊一

 北海道にも、いよいよ本格的な夏が訪れ、レジャーや行楽に絶好の季節となりましたが、一方、この季節は細菌性食中毒が多発する時でもあります。
 平成17年に本道で発生した食中毒は、件数で27件、患者数が320人でした(全国では、1545件、27019人)。ここ数年、本道では食中毒の件数、患者数ともに減少傾向にあり、これも食中毒に対する意識の高まりによるものと推察されますが、残念ながら食中毒がなくなるまでには至っていません。
 平成16年、17年の本道の食中毒事件はグラフのとおり、ノロウイルスによるものが第1位の座を占めています。次いでカンピロバクター、サルモネラ、腸炎ビブリオによる食中毒かこれに続きます。当所食品微生物科では、保健所で分離した食中毒菌について、更に詳細な検査(遺伝子型別など)を実施し、食中毒事件の解明に努めています。そこで今回は、細菌性食中毒の一つで、夏場に多ぐ発生する腸炎ビブリオについて説明します。

本道の食中毒件数 (H16年、H17年)

世界で最初に日本で見つかった食中毒菌
 腸炎ビブリオは、50年以上も前に関西地域で発生したシラス干しによる食中毒事件で初めて分離されました。昭和25年10月、大阪府で患者272人、死者20人におよぷ大規模な食中毒事件が発生し、疫学調査などの結果から原因食品がシラス干しと判明しました。さらに原因物質を特定するため、大阪大学を中心として、化学物質、ウイルス、細菌などについての検査が進められ、同大学の藤野恒三郎教授により新たな食中毒菌として発見され、昭和38年に福見英雄博士の提案で和名が腸炎ビブリオと決定されました。

腸炎ビブリオの特徴
 本菌は、塩分のないところでは増えることができません。また、沿岸の海水温が20℃を超えると活発に活動して増殖し、魚介類に付着します。30〜37℃では、さらに増殖スピードが速く、10分程度で数が倍になるといわれています。ただし、真水の中や4℃以下では増殖できませんし、熱には弱く通常の加熱調理で簡単に死滅してしまいます。腸炎ビブリオによる食中毒は、本菌が付着した食品を食べてから6〜24時間(早いものでは3時間程度)で発症し、主な症状としては水のような下痢と激しい腹痛があり、嘔吐や発熱などを伴うこともあります。

 次に腸炎ビブリオについて、詳細に知っていただくために、全国で発生した食中毒事件の具体的な事例を紹介します。
例1 野菜の浅漬けで食中毒
 8月の下旬頃、ある飲食店で昼食に定食を食べた客2名が、その日の夜、下痢・腹痛の食中毒様症状を呈し受診して便を調べたところ腸炎ビブリオが検出されました。さらに当日、この飲食店で別の定食を食べた客5名も同様の症状を呈していました。患者に共通する食品はこれらの定食に付け合わせとして添えられた野菜の浅漬けであり、調査の結果それが原因食品として断定されました。この野菜の浅漬けは、当日、生の魚介類を前処理した後、同じまな板などをよく洗わずに使用して野菜を切り、塩漬けしたものでした。包丁やまな板を介して魚介類の腸炎ビブリオが野菜に付着し、塩を加えて3時間ほど室温に放置して漬け込む間に増殖して、食中毒を引き起こしたものと考えられます。
例2 法事の仕出し弁当で食中毒
 お盆の法事に集まった親戚30名のうち12名が下痢・腰痛などの食中毒様症状を訴えているとの通報が保健所に入りました。保健所で調べたところ、患者は全てある飲食店で製造された仕出し弁当を食べており、また、この飲食店を利用した別の団体の人達も同様の症状を訴えていることが判明しました。検査の結果、保存されていたかにの酢の物と患者の便のいずれからも腸炎ビブリオが検出されました。当日、この飲食店では、お盆ということもあり通常の3倍以上の注文が入っており、忙しさのせいか包丁やまな板などをきちんと使い分けせず、さらに盛り付け後、長時間にわたり室温に放置したため、腸炎ビブリオが増殖し食中毒が発生したものと考えられます。
例2 ゆでがにで食中毒
 9月上旬の暑い日の午後に、Aさんは魚屋さんでゆでたタラバガニを買い、ビニール袋に入れたまま2時間程度買い物をして帰宅しまた。かにが大きかったこともあり、夕食までそのまま台所に置いておきました。夕食前にこのかにを皿に盛りつけ家族で食べたところ、真夜中に家族全員が下痢・腹痛などの食中毒様症状を起こしました。ゆでがにに付着していた腸炎ビブリオが、4時間以上の長時間にわたり30℃前後の室温に放置されたため、増殖し食中毒を引き起こしたものと考えられます。
例4 生きているホッキ貝で食中毒
 8月中旬の午前中、Bさん宅に知人から宅急便で生きたホッキ貝が届き、夕食に刺身で食べようと、そのまま物置に入れておきました。その日は気温も高く、夕食の準備をするころにはホッキ貝もあたたかい状態となっていましたが、まだ生きていたので予定どおり刺身で食べました。その夜、食べた家族全員が下痢・腹痛などの食中毒様症状を呈し、保健所で便を検査したところ腸炎ビブリオが検出されました。

以上のように、腸炎ビブリオの食中毒は、魚介類を生で食べる以外にも、加熱調理済みの食材を調理器具や手指を通して再び汚染すること(二次汚染)や、野菜の浅漬けのような塩分を含む食品を二次汚染し、それを高めの室温で放置することによって菌が増殖し、食中毒を引き起こすことが往々にしてみられます。魚介類の保管は適正な管理の下に冷蔵(10℃以下)または冷凍で行い、それらを扱った調理器具や手指はその都度よく洗浄消毒し、さらに調理してから食べるまでの時間をできるだけ短くすることが、この食中毒から身を守ることにつながります。
 先ほども述べましたが、腸炎ビブリオの主な症状は、下痢と腹痛です。特に下痢はひどく1時間に何回もトイレに駆け込むような状態となります。時には、トイレから出られないぐらいになることもあります。こんな辛い思いをしないように、夏の暑い盛りには、特に魚介類の取り扱いに十分注意し、北海道の短い夏を思う存分謳歌しましょう。

■清水俊一(しみず しゅんいち)氏
昭和30年福岡県生まれ。昭和57年酪農学園大学大学院修士課程修了後、北海道職員として保健所、食肉衛生検査所において食品、環境衛生、食肉衛生業務に従事。平成17年4月から現職。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.294(2006年8月)に掲載されたものです。