クリプトスポリジウムについて
北海道立衛生研究所健康科学部飲料水衛生科研究主査 泉 敏彦


クリプトスポリジウムとは
 水やナマ物等を摂取した際に感染する微生物の一つに、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium)があります。クリプトスポリジウムは単細胞の原生動物(原虫) の一種で、これまでに7種類程が知られており、種類によって寄生する主な宿主が異なりますが、いずれも多種の脊椎動物の胃や小腸等の消化管粘膜細胞内部に寄生します。この中で人間にとって問題となるのは、主としてクリプトスポリジウム・パルプム(以下C.パルプム)であり、これは多くの哺乳類に感染することが知られています。
 C.バルブムは腸管粘膜細胞内部で無性的に増殖し、やがて有性生殖により4個の虫体(スポロゾイト)が入ったオーシストと呼ばれる球状カプセルを生産し、これが糞便と共に排泄され、水系に混入する機会を得て感染源となります。水系に混入したオーシストが数個から数十個生体内に入ると新たな感染が成立し、4〜8日の潜伏期間を経て、激しい下痢、腹痛及び吐き気等の症状(クリプトスポリジウム症)が現れます。症状は1〜2週間程継続することがあり、この間大量のオーシストが糞便中に混入し、排泄されます。また、症状が治まっても(自然治癒)、1ヵ月程度はオーシストが排泄され続ける場合があります。一方、免疫機能が低下している人(エイズウイルス感染者等)や免疫抑制治療を受けている人では重症化することがあり、極度の脱水による死亡例もあります。しかし現在のところ、C.パルプムに対する有効な治療薬やワクチンはまだ開発されておりません。

集団感染
 水道水によるC.パルプムの集団感染は、1980年代より欧米で報告され始めていましたが、わが国においても十数年前から認められており(表)、これまで最大規模の事件は1996年に埼玉県の越生町で発生しました。この事例では、浄水場の上流に位置した屎尿処理場の汚水が浄水に混入したため、地域住民の約半数が感染しました。また、本道でも2002年に感染経路不明の集団感染が報告されています。海外では極めて大規模な集団感染が発生しており、1993年にアメリカのウィスコンシン州ミルウォーキー市ではC.パルプムに汚染した水道水により、地域住民の約1/4に相当する40万人以上が感染した事例(死者:400名)が知られています。



検出・同定法
 わが国では前述の国内集団感染事例を踏まえ、1996年10月、厚生省(当時)が『水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針』を策定し(1998年6月一部改正)、都道府県及び各水道事業者に対して水道水源の汚染予防対策及び浄水処理の徹底強化等を指示しました。同指針の中で、水道水に関するクリプトスポリジウムのオーシスト検出のための試験法(暫定法)が示されていますが、この方法は@浮遊微粒子の濃縮・回収、Aオーシストの部分精製(夾雑物の除去)及びB分別・同定の3工程からなっています。当所でも同指針に準じて、メンブランフィルターという微細な濾過膜を使用してオーシストを濃縮した後、濃縮物を高比重液に載せて分離・精製する方法(密度勾配遠沈法(浮遊法))で2000年より検査を実施しています。
 なお、当所では密度勾配遠沈法以外にも、免疫磁性体粒子法(磁気ビーズ法)という別の手段によっても検査を実施しています。この方法は、クリプトスポリジウムのオーシストに特異的に結合する抗体≠ニいうタンパク質を吸着させた磁性体ビーズと濃縮試料中のオーシストを選択的に結合させ、その後、磁石により磁性体ビーズ上のオーシストを選択的に回収するものです。
 現行の試験法(密度勾配遠沈法及び免疫磁性体粒子法)の最大の欠点は、検査する水試料中の濁質成分が多い場合、オーシストの濃縮操作が困難となることです。そこで当所では、現行の試験法を補完する手段として、水生生物を利用してオーシストを収集し、検出する方法について検討した結果、汽水性二枚貝のヤマトシジミが水中のオーシストを濾別して糞中に排泄することを実験室内で確認し、野外試験においても効率良くオーシストを収集する能力があることを立証しています。さらに、淡水域におけるオーシストの効率的な捕捉を目的として、淡水性生物を利用した研究にも取り組んでいます。

予防対策
 クリプトスポリジウムによる水道用水源の汚染が起きると、個々人の対応では防ぎきれない集団感染に繋がる危険性が生じます。そのため、常にクリプトスポリジウムの飲料水への混入の危険性を最小限にする対策をとることが必要です。
 C.パルプムのオーシストの形態は直径約5マイクロメーター(0.005ミリメーター)の球形状で、水中では数ヵ月間は感染性を維持しているものと考えられています。また、塩素消毒等に対しても強い抵抗性を有するため、水中のオーシストを通常の浄水処理法、すなわち、凝集、沈澱、濾過および塩素処理等の浄水処理過程で完全に除去し、不活性化することは困難であると考えられています。一方、乾燥や熱処理には弱いことが知られており、更に近年の研究において、オゾンや紫外線に対して感受性が高いことが判明し、これらによる不活化法も検討されています。
 今後の水のクリプトスポリジウム対策についてですが、浄水場においては従来から行われている浄水処理法である急速濾過方式、緩速濾過方式及び膜濾過方式の維持管理を適性に実施すること、更にはオゾン処理や紫外線滅菌方式の実用化への検討を行うことが基本的な対応策であると考えられます。また、水道水源においては、汚染源となり得る施設からの排水(屎尿処理水や畜産排水等)の混入防止対策を徹底し、更にオーシストの定期的なモニタリングを実施すること等が肝要であると考えられます。

■泉 敏彦(いずみ としひこ)氏
東京都出身。北海道大学理学部化学科卒業。昭和60年から北海道立衛生研究所に勤務。ウイルス検査等を経て、平成11年より現職。