ヘルペスウイルスってなんでしょう?
北海道立衛生研究所感染症センター微生物部長 岡野素彦


紀元前から

  ヘルペス(herpes)とは、ギリシャ語の「はう」という言葉に由来し、既に紀元前から疱疹などの皮膚症状に関する記述があります。原因がウイルスと分かったのは20世紀に入ってからです。ところで、ウイルスとはそもそも濾過性病原体といわれたものの一つで、通常の光学顕微鏡ではその姿をとらえることができませんでした。これが可能となるには、電子顕微鏡の出現を待たねばなりませんでした。

その種類、約100種
 さて、ヘルペスウイルスは、細胞に核を持つほとんどすべての真核生物に存在し、その数は約100種に及んでいます。ヒトの場合、8種類が分かっています。形態は同じで、膜を有し、正20面体のカプシド構造(骨組み)を持ち、直径は150〜200ナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)です。それぞれ、1から8までの番号(1番目はヒトヘルペスウイルス1とも命名されています)が付けられていますが、5番目までは症状・発見者などに応じた名前が広く用いられています。
 初感染(初めて感染する場合)と既感染(かなり前に感染している場合)があり、それぞれ顕性感染(臨床的に明らかに分かる感染)と不顕性感染があります。既感染にともなう顕性感染を回帰感染といいます。このほかに特殊な例として、先天性感染症や周産期の感染などがあります。
 水痘・帯状疱疹ウイルス(ヒトヘルペスウイルス3)では、その初感染のほとんどが、水痘(「みずぽうそう」)という顕性感染を起こします。しかし、ほかのヘルペスウイルスの初感染では、それぞれに対応する顕性感染の発症率はまちまちで、むしろはっきりしない場合が多いようです。これらのウイルスが活性化し、顕性感染を起こす理由はさまざまですが、主に宿主の免疫状態(生物が病気を克服していくしくみ)との関連が重要であると思われています。

単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状疱疹ウイルス
 では、それぞれのヘルペスウイルス感染に関して、さらに触れてみます。
 みなさんのほとんどが、あるいは身近の方で経験していると思いますが、口唇やその周りに有痛性の水疱ができる口唇ヘルペスという病気があります。これは、単純ヘルペスウイルス1型(ヒトヘルペスウイルス1)の既感染で、免疫状態が低下した時(例えば、ストレスをかなり受けたり、疲れた時など)などに出現する場合が多くみられます。また、このウイルスは、単純ヘルペスウイルス2型(ヒトヘルペスウイルス2)と同様に性器ヘルペスも引き起こします。水痘・帯状疱疹ウイルスでは、前述した様に初感染では水痘となりますが、回帰感染では帯状疱疹という有痛性の発疹が出現します。

エプスタイン・バーウイルス
 エプスタイン・バー(EB) ウイルス(発見者の名前が付いています。ヒトヘルペスウイルス4)は、アフリカなどで小児に多くみられるバーキットリンパ腫(報告した英国人外科医の名に由来します)というがんから発見された特異なウイルスで、ヒトのがんにおける最初の原因ウイルスとして一躍脚光を浴びました。また、中国南部・東南アジアなどで発生の多い上咽頭がんでもこのウイルス感染の関与が示されました。
 ところが、調べていくうちに、EBウイルスが、一般の人々には、通常、不顕性感染していることや、初感染の一部で、発熱、リンパ節のはれへ肝臓や牌臓の腫大をみる伝染性単核症となることが分かりました。さらに、近年、臓器移植例(免疫抑制剤の使用)、後天性免疫不全症候群(AlDS)などの免疫不全症におけるリンパ増殖性疾患・リンパ腫の発生が問題となっていますが、その原因の大部分がこのEBウイルスの感染によることが判明しました。すなわち、不顕性感染からがんをも含んだ多彩な顕性感染に、このウイルスが関与していることが分かりました。

サイトメガロウイルスほか
 サイトメガロウイルス(感染細胞が、核内封入体を持つ特徴的な巨細胞となることからこのように命名されました。ヒトヘルペスウイルス5)は、初感染では、一部で伝染性単核症のような病態を起こしますが、特に免疫不全状態における間質性肺炎などの疾患に関与します。
 これ以降に発見されたウイルスはいずれも番号のみです。ヒトヘルペスウイルス6と7は、どちらも初感染が突発性発疹症の原因となります。この疾患は、主に乳幼児期に経験します。発熱が続いたあと、解熱とともに全身に赤い発疹が出る病気で、普通は予後良好ですが、まれに、脳炎などが起こります。赤ちゃんに高熱が出る代表的な病気で、両親が最初に経験することが多いので、印象に残っている方もあるかと思います。
 ヒトヘルペスウイルス8は、ほかのウイルスと異なり、遺伝子操作技術を用いて、AIDS患者のカポジ肉腫という悪性腫瘍からDNA断片が発見されました。従って、AIDS関連の悪性腫瘍への関与が検討されています。

異なる発症形態
 以上、ヒトにおけるヘルペスウイルス感染症に関して、簡単な紹介をさせていただきました。見た目は同じでも、個々のウイルスで、その関連疾患が著しく異なることが分かります。さらに、同じウイルスの感染でも不顕性感染、顕性感染、回帰感染などがあり、複雑です。それでは、なぜこのように、発症形態が異なるのでしょうか(水痘・帯状疱疹ウイルスの初感染は除きます。前述したように、ほぼ全例が水痘を発症します)。その理由として、ウイルスそのものの違い(例えば、EBウイルスは、世界中で大きく2種類が存在します)、環境要因(例えば、飲食物や住環境を含んだ人口密度、習慣の追いなど)などが挙げられていますが、現在最も可能性が論じられているのは、既に触れましたように、宿主の免疫状態にあると考えられています。
 免疫系の理解もなかなか難しい点がありますが、ウイルス感染では、免疫を支えるものとして、抗体(抗原[ウイルスも含まれます]に結合して、その働きを抑えます)とリンパ球(抗体の産生や、ウイルス感染細胞の排除などに関連します)が大事です。
 このいずれか、あるいは両方の働きが低下すると、初感染では、病気が重症化するとともに長引いたり、また既感染では、それまで体の中に潜んでいたウイルス(個々のウイルスによりも潜む場所が異なります。例えば、単純ヘルペスウイルス1型は、通常、三叉神経節です)の活性化が起こり、それぞれに応じた回帰感染となります。
 ただし、病気によっては(伝染性単核症など)、過剰な免疫反応が本態となっている場合もあります。なお、先進国では、一般にヘルペスウイルスの初感染の時期が遅いことが指摘され、生活環境も影響しているものと思います。

治療予防について
  治療に関しては、単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルスでは既に抗ウイルス剤が開発され、広く使用されています。そのほかのウイルスでは、現在、その病態に応じた対処療法が主体ですが、EBウイルス感染症の場合、がんの発生にも関連するため、抗体やリンパ球を使った感染細胞そのものの排除も試みられています。
 予防に関しては、免疫不全症などで未感染と思われる場合、特異的な抗体の投与により感染を防ぐ場合があります。また、水痘・帯状疱疹ウイルスに関しては、わが国で開発されたワクチンが、世界中で使われています。
 ヘルペスウイルス感染症は、ウイルスそのもの、環境、免疫状態などの違いにより、無症状からがんに至るさまざまな病態に関連します。従って、これらの背景にあることがらを理解することが大切です。

■岡野素彦(おかの もとひこ) 氏
昭和52年、北海道大学医学部卒業。平成元年、米国ネブラスカ大学医療センター病理微生物学部助教授。平成6年、北海道大学医学部付属病院小児科助手。平成12年、同講師。平成17年より現職。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.298(2006年12月)に掲載されたものです。