ドクガの被害にあわないために
北海道立衛生研究所微生物部細菌科 伊東拓也


「ドクガ」って?

 ドクガという名前を聞いたことがある方は多いと思います。しかし、実際にドクガを見たことがある方は少ないのではないでしょうか? 北海道には、蚊、ブユ、アブ、スズメバチなどおなじみの衛生害虫がいます。これらは皆、吸血のためや巣を守るために人に向かってくる昆虫です。ところがドクガは、気づかないうちにさわってしまい、その後しばらくしてから皮膚炎を発症するという厄介な昆虫です。そこで、北海道におけるドクガについて、現在までにわかっている生態や防除法を簡単に紹介させて頂きます。

ドクガ皮膚炎
 まず、ドクガ皮膚炎がどのように起こるかについてです。ドクガは蛾や蝶の仲間である鱗麹目(りんしもく)に属していますので、卵、幼虫、桶(さなぎ)、成虫と成長します。卵から成虫になるまでには1年を要し、幼虫で越冬します。幼虫は、十数回の脱皮を繰り返しながら大きくなります。皮膚炎は、この幼虫が背中に持っているドクガ類独特の構造を持った毒針毛が皮膚に刺さることによって起こります。毒針毛の中には数種類の毒性物質が入っています。さらに、毒針毛には釣り針にあるような返しが付いていて、一度刺さるとなかなか抜けないようになっています。この毒針毛は、卵から孵って最初の脱皮後(2齢幼虫)以降の幼虫が持っていて、最初は数百本ですが、蛹になる前の幼虫(終齢幼虫)では600万本以上になります。幼虫は繭(まゆ)を作ってその中で脱皮して蛹になります。そして、羽化の際、雌のみが繭の中の毒針毛を腹の先に付着させて繭かち外に出ます。雌成虫は卵を500個ほど固めて産み、このときに毒針毛を卵塊の上にこすりつけます。このように幼虫期の毒針毛を卵にまで伝えることで、鳥などの天敵から身を守っていると考えられています。本州以南では、夜間、灯火に集まってくる雌成虫による被害が多いのですが、北海道では幼虫による被害が圧倒的多数を占めています。
 気づくと気づかないとにかかわらず、幼虫にさわって毒針毛が皮膚に付くと、最初はほんの少しむずがゆく感じます。この段階では、毒針毛の大多数は皮膚表面に単に付着しているのみと考えられています。ほとんどの人は、何気なく手のひらや衣服などで軽くなでるように掻いてしまうでしょう。すると、今度は毒針毛が皮膚に刺さり、強いかゆみが現れます。今度は指や爪で強く掻くようになるでしょう。逆さ針付き毒針毛は、どんどん深く刺さり、見ると赤い小さな点が皮膚にあることに気づくはずです。数時間後、この点の周りが腫れてきて、かゆさが倍増します。多数の毒針毛が刺さった場合は、刺さった部分全体が広く赤く腫れ上がります。もちろん、熟睡できませんし、仕事や学業に集中なんてできません。しかもかゆみは1週間くらい続きます。では、こんな日にあわないために、どのようにすればよいのでしょうか? それには、第一にドクガの生態を知ることが重要です。

ドクガのいるところ
 北海道では、ドクガは留萌南部から空知南部を通って日高を結ぶ線の南西部に分布し、海岸線や平野部から低山地にかけての草原を中心に生息しています。ドクガの幼虫は、通常は、草原の中でハマナス、キイチゴ類、ノイバラなどバラ科の低木を食べており、山菜探りや釣りなどでこのような植物のある草むらに人らない限りは、被害にあうことはありません。つまり、普段は人の生活圏とドクガの生活圏は重なっていない状態にあります。ところが、ドクガは時に大発生することがあります。大発生時には、バラ科低木のみならず、イタドリ、グミ、タンポポなど草原にあるものはほとんど何でも食べるようになり、これらを食い尽くすと食べ物を求めて移動します。草原に隣接する道路を越え、畑や住宅地内、駅や公園の芝生にしばしば侵入してくることがあります。つまり、ドクガが人の日常の生活圏に入り込んでくるわけです。こうなると、畑仕事、散歩・ジョギング、野球の試合はおろか、庭仕事、買い物、通勤・通学時にも被害が発生します。要注意の時期は、幼虫が大きくなって毒針毛の数が増え、かつ分散・移動する6〜7月初めと、成虫期の8月です。しかし、幼虫が分散・移動を始めてから大発生に気づいてもすでに手遅れで、有効な防除法はありません。無配慮に薬剤を散布すると、死んで乾いた幼虫の毒針毛が風に舞い、幼虫と接触しなくても皮膚炎を発症します。

ドクガ対策の最初
 そこで、有効な対策としては、まず、こうなる前にドクガを発生させない環境をつくることです。空き地や遊歩道の周りなどは普段から草を刈って、幼虫のエサとなるイタドリやノイバラ・キイチゴ類をはびこらせないようにします。次に、大発生かどうかを被害発生前に見極めることです。幼虫が集団を作っている時期(9月から越冬後の翌5月にかけて:写真)に、草原の周囲やハマナスの生け垣などを見回って、幼虫集団の密度を調査します。

ハマナス葉上の幼虫集団9月
ハマナス葉上の幼虫集団(9月)


通常の密度だと、見つけるのがやっとなのですが、大発生時は簡単にいくつでも見つけることができます。しかし、調査の際に被害にあうこともあり、集団を見落とすこともあるので、調査には経験が必要です。したがって調査は、町内会や市町村など地域ぐるみで、計画的・継続的に行うのが理想です。調査の結果、大発生と判断された場合は、なるべく早く薬剤による駆除を行います(調査と同時でもかまいません)。その際、ドクガの生息する草原は他の動物の生息地でもあるので、薬剤は必要最小限の使用にとどめるべきです。小型の散布機を使って幼虫集団のみに直接十分な量の薬剤をかけるようにし、大型散布機で草むら全体に散布するのは極力避けるべきです。また、保全すべき環境など薬剤が使用できない場所では、手間はかかりますが、ビニール袋などを使って集団ごと捕まえてしまう方法もあります。

毒針毛の付いた衣類は処分
 以上のように、ドクガ被害防止のためには、普段の発生密度の監視が重要です。町内会などで計画的に監視している地域も増えています。また、保健所では、駆除に関する相談に応じてくれますし、大発生時には注意情報も発信しています。札幌市の生息地城では、札幌市保健所、札幌市土木部、石狩支庁札幌土木現業所、北海道立衛生研究所が組織の枠を越えた対策チームを組んで、発生状況の調査、駆除及び駆除法の開発などに取り組み始めたところです。
 最後になりましたが、もしドクガにさわってしまった(あるいはさわったかも知れない)時は、こすってはいけません。まず、弱い流水で刺さる前の毒針毛を洗い流します。石鹸の泡で毒針毛を皮膚から浮かせて流したり、ガムテープに付着させるのも有効と考えられています。その後で、皮膚科を受診しましょう。症状に応じて処置してくれるので、かゆみも少なく、早く完治します。毒針毛が付いた衣類は、素材にもよりますが、洗濯しても毒針毛を完全に除去するのは困難とされており、また、毒針毛は乾燥状態で1年以上無毒化されません。非常にもったいないのですが……捨ててしまうのが一番です。
 なお、より詳しい情報は、衛生研究所ホームページの特集の中で公開しています。


■伊東拓也 (いとう たくや)氏
1986年衛生研究所に配属後、貝毒・エキノコックス・ライム病・ダニ媒介性脳炎などの調査・研究に携わる。専門は昆虫学。現在は、蚊やマダニなど疾病媒介性節足動物やドクガなどの衛生害虫の分類や生態やこれらの媒介する病原体の解析に取り組んでいる。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.303(2007年5月)に掲載されたものです。