腹の「虫」の居所  食品媒介性寄生蠕虫症について
北海道立縦研究所感染病理科 後藤明子


 人の機嫌が悪いことを「腹の虫」という架空の生き物による仕業に例えて、「腹の虫の居所が悪い」と言うことがありますが、実際に腹の中に「虫」が住み着いたとき、人はいったいどうなるのでしょうか?              
 今の日本では、寄生虫へ特に蠕虫(ぜんちゅう)(多細胞の寄生虫全般のこと)の起こす病気と言われても今やすっかり「過去のもの」と考えられがちです(北海道には「エキノコックス症」があるため、他の地域よりは多少関心が高いかもしれませんが)。しかし、蠕虫類が原因となる寄生虫病は国内から完全になくなったわけではなく、当研究所でも年間40-50件の寄生虫の鑑別同定検査を行っています。今回は特に、当研究所で確認したものも含め、食品を介して感染する寄生蠕虫についてお話しします。

切っても切れない緑?
 草近では寄生虫を見なれた人が減ってきているということなのかもしれませんが、当研究所で検査した「寄生虫の疑いのある」検体の中には、ミミズや未消化の野菜の断片などの寄生虫ではないものも含まれています。そして、「寄生虫」と同定された検体の中では、最も多いのがアニサキス、その次が日本海裂頭条虫(にほんかいれっとうじょうちゅう)です。
 アニサキス(写真1)は長さ2-3cmの細長い虫で、魚の筋肉や内臓に隠れています。これはもともとアザラシやイルカを宿主とする寄生虫で、本来は人の寄生虫ではありません。これがたまたま人の体内に入ると胃や腸の壁に潜り込もうとするため、人によってはアレルギー反応を起こして激しい腹痛を起こすことがあります。すぐに病院にかかり、内視鏡検査で虫を取ってもらうとあっという間に痛みはおさまります。

アニサキス
写真1 アニサキス

 日本海裂頭条虫(写真2)はいわゆる「サナダムシ」の仲間で、きしめん状の体を持ち、体長は10mになるものもいます。サケやマス類の体の中に幼虫が潜んでいて、これを人が食べることによって感染します。こちらはもともと人を宿主とする寄生虫なので'アニサキスとは異なり多くの場合ほとんど症状が出ません。知らぬ間に感染していて'気付かないまま腸内でどんどん虫が育ちへある日トイレで長い虫が出て来てびっくりする、ということが多いようです。

日本海裂頭条虫
写真2 日本海裂頭条虫

 これらの寄生虫は魚を十分に加熱(60℃1分以上)、または冷凍(マイナス20℃24時間以上)することで感染性をなくすことができます (こういう話を聞くと「ルイベ」と言うのはよく考えられた調理法だと思います)。また、肉眼で見えますので、虫をきっちり取り除いてから調理する、ということも重要です。アニサキス、日本海裂頭条虫は両方とも魚の中に潜んでいるため、刺身や寿司など魚を生で食べることが多い日本人にとっては「切っても切れない緑」 にある寄生虫なのかもしれません。

「豚肉はよく火を通せ」
 ここまでは魚から感染する寄生虫の話を書いてきましたが、魚以外の食品から感染する寄生虫もあります。例えば「昔はみんな感染していた」とよく言われ、寄生虫の代名詞のようになっている回虫は、人の糞便を肥料として育てた野菜などに付着した回虫の卵を人が摂取することによって感染します。
 また、日本ではほとんど問題はないのですが、海外では豚肉を食べたときに、有鈎条虫(ゆうこうじょうちゅう)というサナダムシの一種に感染することがあります。有鈎条虫の成虫は人の腸内に寄生して卵を生み、卵からかえった幼虫は体中のあちこちに大豆くらいの大きさの病巣を件ります。この幼虫は時々脳や心臓にも病巣を作り、重篤な症状を引き起こすことがあるので、非常に危険な寄生虫なのです。「豚肉はよく火を通してから食べなさい」と言われる理由にはいろいろとありますが、一つにはこの有鈎条虫のことがあると考えられています。
 さらに、こちらも国内ではまず見られませんが、牛肉には無鈎条虫(むこうじょうちゅう)というサナダムシがいて、人はこれにも感染することがあります。こちらは腸内で卵を生むことはなく、人の体内で虫が増殖することはないので有鈎条虫ほどは危険ではないと考えられています。しかし、当研究所でも海外で感染したとみられる無鈎条虫の検体をたまに検査することがあるので、日本国内ならともかく、海外旅行へ行った際にレアのステーキばかり食べるのはあまりおすすめできません。

それ、生で食べて大丈夫?
 卓近は冷蔵技術や流通経路の発達などで、昔はある特定の地域でしか食べられていなかったものが日本全国に輸送されて食されるようになっています。また、交通手段の発達に伴い、海外や国内のあちこちに出かける機会も昔と比べて増え、その土地ごとの珍しい食材と接する機会も多くなってきました。しかしその一方で、グルメ志向や刺身好きの日本人の特性から、その食材を長年食べ続けていた地域では必ず火を通して食べていたものも、鮮度が良けれぼ生で食べるようになったりして、かつては見られなかったような新たな寄生虫感染症が発生しています。
 旋毛虫(せんもうちゅう)は非常に小さく細い虫で'哺乳類の筋肉内に幼虫がとぐろを巻いた状態で寄生しています。人は虫の寄生した肉を生で食べることによって感染し、重症の場合には貧血、心不全や肺炎を起こして死亡することもある怖い病気を引き起こします。国内では熊肉の刺身が原因となるケースがほとんどで1979年に道内でも熊肉の刺身を原因とする集団発生がありました。海外では加熱不十分の自家製ソーセージやハムが原因となることが多いようです。
 マンソン裂頭条虫はもともと犬や猫を宿主とする寄生虫なのですが、人がカエルやヘビを生で食べることによって幼虫が感染することがあります。また、顎口虫(がっこうちゅう)はドジョウや雷魚を生で食べることで感染します。これらの寄生虫は人の体内では成虫になることができないため、幼虫が皮膚の下を動き回ります。つまり、動くこぶまたは動くみみず腫れが体のあちこちに出たり消えたりする-といったおぞましいことになるのです。寄生虫の種類によっては時々眼や脳に迷い込むことがあり、こうなると非常に危険です。確実な治療法としては虫体を摘出するしか方法がありません。
 その他、北海道ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ホタルイカから感染する旋尾線虫(せんびせんちゅう)、アユやシラウオなどから感染する横川吸虫、サワガニなどから感染する肺吸虫などがあります。これらの寄生虫は基本的には十分な加熱によって感染性をなくすことができます。

 夏場は「生ものに気をつけよう」とよく言われます。腸炎ビブリオや腸管出血性大腸菌O157のような細菌性の食中毒を防ぐために言われていることが多いのですが、生ものから感染するおそれがあるのは細菌だけではありません。特に夏場は、国内外を問わずあちこちに出かける機会も増えますので、物珍しいからといって生ものを無防備に口にするのではなく、生で食しても大丈夫なものかどうか、十分に見極めるよう心がけましょう。

■後藤明子(ごとう あきこ) 氏
兵庫県出身。05年北海道大学大学院獣医学研究科修了(獣医学博士)。同年5月より北海道立衛生研究所に勤務。現在、寄生虫症に関する試験検査業務に従事するとともに、エキノコックス症の診断および治療法の改良開発のための研究に取り組んでいる。

 
 

この記事は「しゃりばり」No.305(2007年7月)に掲載されたものです。