北海道立衛生研究所微生物部腸管系ウイルス科研究職員 吉澄志磨 |
ノロウイルスは毎年冬季を中心に流行し、家族の一人が感染すると、他の家族にも容易に感染が拡がります。特に、年少の子どもが保育所や幼稚園で感染し、家庭に持ち込むことが多いようです。この機会に、ご家庭でのノロウイルス対策について考えてみて頂ければ幸いです。 ノロウイルスによる急性胃腸炎の特徴 ノロウイルスは、経口摂取によって小腸の上皮細胞に感染し、そこで増殖することにより、ヒトに急性胃腸炎を引き起こします。毎年、冬を中心として、秋から春の終わりまで流行する傾向が見られます。ノロウイルスが口に入って発症するまでの期間は24〜48時間、平均36時間です。ノロウイルスによる胃腸炎の症状は、主に、胃の不快感、突然の嘔吐、腹痛や軽い下痢で、嘔吐や軟便のみの場合もあります。その他に、筋肉痛がみられることもあるようです。発熱の程度は、ない(平熱)〜37℃くらいの微熱である場合がほとんどですが、子どもなどで39℃の高熱になることもあります。通常は軽症で経過し、2,3日で回復します。 以上のように、ノロウイルスによる胃腸炎はまさに「お腹の風邪」であり、症状をみただけでノロウイルス感染かどうかを判断することは困難です。しかし、あえて特徴を言うならば、ロタウイルスなど他の胃腸炎ウイルスと比較すると、ノロウイルスは特に低年齢層において嘔吐を起こす割合が高いようです。北海道における集団胃腸炎事例から得られた結果では、乳幼児から小学生くらいまでの低年齢層と、さらに高校生では、患者のほぼ100%近くに嘔吐の症状がみられています。ですから、寒い時期に、保育所・幼稚園や学校で嘔吐型のお腹の風邪が流行している場合、ノロウイルスによる集団胃腸炎の可能性が高いと考えられ、家庭へ持ち込まれることに対する警戒が必要です。 ノロウイルスの感染源 冬季に、家庭で子供が突然吐いたという経験はありませんか? そして、吐物を片づけた1〜2日後に他の家族も胃腸炎症状を示したならば、それはもう、ほぼノロウイルスの仕業と考えていいでしょう。 ノロウイルスの感染源は、ノロウイルス感染者から排泄された吐物と糞便です。感染者の吐物には1gあたり10万個前後、発症初期の糞便であれば10億個ものノロウイルスが含まれています。また、ノロウイルスに感染しても発症しない場合(不顕性感染)があるのですが、その不顕性感染者の糞便にも、発症者と同じくらいのノロウイルスが潜んでいることがわかっています。ノロウイルスの感染力はとても強く、10〜100個程度が口に入ることで感染してしまいますので、目に見えないほんの少しの吐物や糞便によって、次の感染が容易に起きてしまいます。 家庭でのノロウイルス汚染の拡がり 家庭でのノロウイルス感染源として、特に注意したいのが「吐物」です。なぜなら、ノロウイルスによる嘔吐は突然で、吐物が部屋や廊下にまき散らされることが多いからです。その場にいた人は、飛び散った飛沫を吸い込むことにより感染する可能性があります。また、吐物を片づけたり、汚れた洋服を洗ったりする際にも飛沫が飛び、感染の危険性があります。手に付着した吐物をティッシュペーパーなどで拭き取っただけでは、まだ大量のノロウイルスが残っており、その手で触ったものもノロウイルスに汚染されてしまいます。また、汚れた洋服や手を洗った洗面台にもノロウイルスが付着します。ノロウイルスが手を介して口に入るという感染経路は、直接汚染物に触った人だけでなく、その人が触って汚染を拡げた場所を介しても成立するのです。 糞便は通常トイレで排泄されますから、吐物のように人前で飛び散ることはあまりないでしょう。しかし、糞便中には吐物よりもさらに大量のノロウイルスが含まれているということを忘れてはいけません。トイレで用を済ませた後トイレットペーパーで拭きますが、最近のトイレットペーパーはとても吸水性が良く、水様性便の場合、拭き取り面から染みこんで手の方にまで達することがあるようです。固形便でも、ウォッシュレットを使った後拭き取ると、同様の現象が起きると考えられます。また、家庭でオムツの使用がある場合は、特に注意が必要です。オムツ交換の際に、手に糞便が付着した経験のある方は多いと思います。この時、ウエットティッシュで拭き取るだけで済ませてはいませんか? その手には大量のノロウイルスが残存しており、その後触ったものは高濃度で汚染されます。 食品を介してノロウイルスに感染する経路(食中毒)も考えられます。ここで意外と気付かれないのが、台所の流し台の汚染です。オムツ交換や吐物処理、トイレ、部屋の掃除の後の手洗いを「流し台」で行うことで、台所内のノロウイルス汚染のリスクが高まります。そうすると、調理をする人の手や食品がノロウイルスに汚染される可能性が高くなってしまいます。 家庭でのノロウイルス感染拡大を防ぐために 家庭でノロウイルス感染者が発生したとき、できるだけノロウイルス汚染を拡げず、他の家族への感染拡大を予防する必要があります、そのための基本的な対応は、以下の3つです。
道立衛生研究所腸管系ウイルス科では、道内保健所に届け出のあった食中毒や集団胃腸炎事例について、ウイルス検査を行っています。検査を開始した1997年5月から2007年8月までの間に、629事例から胃腸炎ウイルスが検出され、そのほとんど(604事例;96%)がノロウイルスによるものでした。 ノロウイルスは、最も身近なウイルスの一つであり、非常に感染が拡がりやすいという点で注意が必要ですが、死に関わるような恐ろしいものではありません。感染を防ぐための処置を適切に行うことにより、上手につき合っていただきたいと思います。(写真は透過型電子顕微鏡で観察) 吉澄志磨(よしずみ しま) 香川県出身。1995年北海道大学獣医学部卒業。同年5月より北海道立衛生研究所に勤務し、集団胃腸炎発生時のウイルス検査業務に従事。主に、流行型ノロウイルスの遺伝子学的解析と、環境中のノロウイルス動態の解明に取り組んでいる。 | |||
この記事は、2007年9月28日に「しゃりばり」ウェブページに掲載されたものです。 |