エキノコックス症と国際貢献
北海道立衛生研究所 感染病理科長 山野公明

 皆さんはエキノコックスという寄生虫、そしてこれが原因で起こるエキノコックス症をご存じでしょうか? 聞いたことはあるけど、よく知らないという方も多いのではないでしょうか? 実は、北海道は長年この病気と関わってきたのです。決して過去の病気ではなく、今でも新しい患者が見つかっているのです。ところが最近、検査を受ける方の数が減少傾向にあり、大変気掛かりです。北海道以外ではあまり見られないこの病気に“どさんこ”としてもう一度目を向けてみませんか?

エキノコックスとは? 

 寄生虫エキノコックスには、いくつかの種類があります。そのうち、私達の住む北海道には多包条虫という種類のエキノコックスがいて、キタキツネ(イヌ科の動物)と野ネズミの“食べる−食べられる”の関係の中で感染サイクルを形成しています。
 もう少し具体的にいうと、エキノコックスが寄生しているキツネのお腹の中には成虫(親虫)がいて、成熟すると卵を作ります。この卵がキツネの糞と一緒に自然界に排出されます。これがネズミの口から入ると体内で孵化した幼虫が肝臓などに袋状の病巣を作り、それがどんどん広がっていきます。ネズミの体内では幼虫でとどまり成虫になることはありませんが、感染ネズミをキツネが食べることによって、取り込まれた幼虫がキツネのお腹の中で成虫となり、感染サイクルが成立するのです。
 寄生される側の動物のことを寄生虫にとっての“宿主”といいます。ちなみに、キツネはエキノコックスが寄生しても平気ですが、感染したネズミの方は仮にキツネに食べられずに済んだとしても病巣が拡大し、やがて死に至ります。

エキノコックス成虫エキノコックス感染サイクル

ヒトのエキノコックス症って? 

 この感染サイクルが自然界でのみ起こっている限りは、それ程問題にはなりませんが、何らかの理由で卵がヒトの口から入ってしまうと大変なのです。ネズミと同じように私達人間も感染してしまいます。
 ここ数年(2001年以降)も、年平均15名程度の新しい患者が見つかっています。ヒトが感染した場合をエキノコックス症と呼び、肝臓や肺、そして稀に脳や骨などに袋状の病巣ができます。
 例えば肝臓に病巣ができると、腹部の不快感から肝機能障害・発熱・黄疸などの症状へと向かっていきます。ただし、その進行はゆっくりで、個人差もありますが、異常が認識されるまでに少なくても数年はかかると言われ、しばらくは自覚症状が殆どないままで経過します。発見された患者に対しては、薬剤投与を行うケースもありますが、根治的な治療のためには外科的切除を行うしかありません。もし放っておくと時には死に至ります。そのため、早期に発見し病巣が大きくならないうちに対処することがとても重要です。

感染原因と予防法は? 

 先にも述べたように、感染しても潜伏期間が非常に長いのがこの病気の特徴です。そのため、患者さん自身もいつ、どこで、なぜ感染したのかよく判らないというのが実状のようです。よく言われる感染原因として、
(1)糞で汚染された沢水や井戸水、山菜や木の実などをそのまま口にしたり、(2)キツネの体や糞に直接触れたりしたこと等があげられますが、これらの行為は実際、非常に危険であると考えられます。
 また近年、同じイヌ科の動物である飼いイヌへの感染が問題視されています。ペット犬の場合、ヒトとの接触の度合いは自然界のキツネに比べ遙かに大きいので、飼い主であるヒトへの感染リスクは非常に高まります。
 とはいえ、総人口に占める患者報告数から考えると、ヒトへの感染は極めて稀なケースだと言えます。注意を喚起することは大切ですが、むやみに危険性を煽る必要はないと考えられます。また、ヒトが感染するのはキツネやイヌから糞と共に排出された卵が口から入った時のみで、ヒトからヒトや家畜からヒトへの感染は起こりません。
 ですから、(1)沢水や山菜などを生で口にしない、(2)外から帰ったらよく手洗いをする、(3)イヌは放し飼いにせずネズミと接触させないようにする、(4)キツネを餌付けたりしてヒトの生活圏に近づけない、(5)キツネと接触する機会を持たないなどを心掛けていれば、基本的には安心です。

北海道が実施する対策と血清検査

 北海道では、「北海道エキノコックス症対策実施要領」を定め、この病気の予防と患者の早期発見・早期治療のため、様々な対策を行っています。具体的には、(1)衛生教育による住民への正しい知識の普及・啓発、(2)患者の早期発見を目指した住民対象の検診事業、(3)野外において感染を媒介する動物に対する諸対策、(4)飲料水の衛生確保に関する対策・指導、(5)対策に必要とされる調査研究推進の5つが大きな柱として組み込まれています。
 とりわけ、検診事業について道立衛生研究所は、1983年に患者の血清中に含まれるエキノコックス由来の成分(抗原)に対する抗体を検出する方法としてELISA法による検査法を開発しました。この方法は、多くの検体を同時に検査することができ、住民検診には打ってつけの方法です。さらに1987年には、よりエキノコックスに特異的な抗原に反応する抗体の検出を可能とするウェスタンブロット法を開発しました。
 この方法は、ELISA法で陽性を疑われた方に対する確認検査法として威力を発揮しています。これらの検査法を駆使することによって、北海道は世界でも類を見ない大規模なスクリーニング検査(一次検診:ELISA法)を実施しており、この検査で異常が認められた方に対して、改めて詳細な検査(二次検診:ELISA法、ウェスタンブロット法、画像診断)を実施するという体制を確立しています。

国際貢献 

 こうした北海道の経験や取り組みが今、海外でも活かされています。当所では、長年の調査研究で培ってきた知識・情報・技術を活かし、JICAを通じて北海道と同じようにエキノコックス症が問題になっている国々への国際協力事業を行っています。
 平成6〜15年度の10年間は、14ヶ国から延べ59名の研修生を受け入れました。さらに平成16年度からは、対象国をブラジルに絞り、現地の実情に則したより具体的な対策を講じるため、研修生の受け入れだけではなく、当所からも専門家を派遣するJICAプロジェクトがスタートし、成果を上げています。

 ブラジルの場合は、問題となっているエキノコックスは主に単包条虫という種類で、宿主の組み合わせも北海道とは異なります。南部の広大な農場地帯で飼育されているヒツジやウシなどの家畜と牧羊犬の間で感染サイクルを形成しています。この地方では、自分達が食用とする肉を得るために、自前で家畜をと殺することも多く、その際に取り出した内臓を生で飼いイヌに与えることがあります。
 この時、もしエキノコックスがその内臓に寄生していたら、イヌが感染してしまいます。感染したイヌは農場内でエキノコックスの卵を含む糞をし、それをヒツジやウシが牧草と一緒に飲み込むことで感染サイクルが成立します。農場の住民はそれらのイヌ達と一緒に生活しているために、感染してしまう危険性が非常に高く、この地域が世界的にもエキノコックス症(単包虫症)のハイリスク地帯であると危惧されます。この点を踏まえて、当所は現地の大学・行政機関・教育機関と一緒になって(1)イヌの駆虫法の普及、(2)住民への衛生教育、(3)ヒトの血清検査法の技術移転などを柱とした対策支援活動を行っています。

 終わりに、この記事を読んで「ちょっと気なるなぁ」と思われる方は、一度検査を受けられてはいかがでしょうか? 市町村の広報などに検査を呼びかけるお知らせが出ますので、注意してみてください。検査の受け方等につきましては、最寄りの保健所または私ども道立衛生研究所にご相談ください。

山野公明(やまの きみあき)
北海道出身。1994年北海道大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。同年5月より道立衛生研究所に勤務。生物科学部感染病理科長。主に、ヒトのエキノコックス症血清診断に従事するとともに、検査法改良等の調査研究に取り組んでいる。