新型インフルエンザウイルス


  インフルエンザウイルスは直径約80120ナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)で、ウイルス表面からHA(赤血球凝集素)およびNA(ノイラミニダーゼ)という糖タンパク質が突き出ているために、とげのあるイガグリのような形をしています。ただし実際には、下図のような完全な球形ばかりでなく、細長いのや曲がったものなどいろいろな形のものがあります。
  そして、内部タンパク質の形によって
A型、B型、C型に分けられ、A型はさらにHANAの形によって亜型に分けられます。
  現在では、
HAの亜型が16種類、NAの亜型が9種類知られており、それぞれ11619というように番号をつけ、HANAの型の組み合わせによりその頭文字のHNをとってH4N5型、H7N7型というようにウイルスの型を決定しています。
  たとえば、1918年に発生したスペイン風邪はH1N1型、1957年のアジア風邪はH2N2型、1968年の香港風邪はH3N2型です。H1N1型はアジア風邪が登場してから姿を消していましたが、1977年にソ連風邪として再登場しました。よく耳にする
Aソ連型はH1N1型、A香港型はH3N2型ですが、それぞれソ連風邪、香港風邪が基になっています。A型ウイルスは自然界に広く分布しており、ヒト以外にもブタ、ウマ、アザラシなどのほ乳類や、ニワトリ、カモ、アヒルなどの鳥類からも分離されています。このうちヒトに感染するのは、現在のところH1N1(Aソ連型)H2N2(Aアジア型)H3N2(A香港型)3種類です。B型とC型には亜型はありませんが、B型には2系統あり、山形系統とヴィクトリア系統とに分けられます。これらのうち、現在流行を繰り返しているのは、AH1N1型、AH3N2型およびB型です。C型は大きな流行は起こしません。



 インフルエンザウイルスは、毎年少しずつ形を変えながら感染を繰り返します。このような、ウイルスの性質が少しずれて起こる変異を「連続変異」といいます。これに対して、従来流行していたウイルスとはHANAの亜型が全然違うウイルスが突然現れることがあります。これを「不連続変異」といい、これによって現れたウイルスが、いわゆる「新型インフルエンザウイルス」です。

  新型インフルエンザウイルスというと、近年東南アジアを中心にトリからヒトに感染し、また日本でも京都府や山口県などで多くの鶏が犠牲となった「高病原性鳥インフルエンザウイルス(注1)」を思い浮かべる人もいると思います。しかし、今のところこのウイルスはヒトの間で流行するような形にはなっていないので、新型インフルエンザウイルスとは言いません。この後ウイルスがヒトからヒトへ感染するような形へと変異した時、初めて「新型インフルエンザウイルス」となります。現在、東南アジアなどでヒトに感染しているH5N1型ウイルスは、少しずつヒトに感染しやすい形へと変化しつつあります。このため、これが新型インフルエンザウイルスとなることが心配されています。

 高病原性鳥インフルエンザウイルスが新型インフルエンザウイルスとなると、これまでにない大きな被害が予想されます。このため新型インフルエンザウイルスの発生を抑え、また発生しても被害を最小限に食い止めるよう、ワクチン開発や抗ウイルス薬の備蓄などを進めるとともに、感染者の情報が瞬時にして世界中に伝わるようなネットワークが形成されています。かつてSARSコロナウイルスによる新型肺炎の発生が世界中を騒がせましたが、この時もこのネットワークにより世界中の研究機関が総力を上げて原因究明に乗り出したことで、わずか数ヶ月で原因ウイルスが特定され、被害も最小限に食い止めることができたとされています。これは、過去における新型インフルエンザウイルス発生時には考えられなかったことです。
 東南アジアなどで起こっている特殊な例を除き、鳥インフルエンザウイルスは、本来トリからヒトに直接感染することはなく、新型インフルエンザウイルスは下記のルートで出現すると考えられています。

東南アジアなどで起こっている特殊な例を除き、鳥インフルエンザウイルスは、本来トリからヒトに直接感染することはなく、新型インフルエンザウイルスは下記のルートで出現すると考えられています。


新型インフルエンザウイルスができるまで


インフルエンザウイルスのうち、新型インフルエンザウイルスができる可能性があるのは、現在のところA型ウイルスとされています。それは、上で説明したようにA型ウイルスには亜型がたくさんあるので、HANAの組み合わせが何通りもできるからです。
 インフルエンザウイルスは、カモなどの水鳥の腸内に感染して増えるウイルスで、上で説明した亜型のすべてを増殖することができます。しかし、これらの鳥はウイルスを持っていても何の症状も起こしません。
 新型インフルエンザウイルスが発生する原因の一つに、カモアヒルブタヒトというルートが考えられています。カモなどの鳥類に感染するインフルエンザウイルスは、もともとヒトには感染しません。しかし、このルートをたどることによってそれが可能になり、新型ウイルスが誕生すると考えられます。
   詳しく説明すると、インフルエンザウイルス(ヒトには感染しない「トリ型」)はもともと北極圏の湖沼に棲んでいるのですが、カモがこの水を飲むことで感染し、腸内では非常にたくさんのインフルエンザウイルスが増殖します。カモは渡り鳥ですから秋になると暖かい国へと旅立って行くのですが、この時腸内に大量のインフルエンザウイルスを抱えたまま移動して行きます。腸内にインフルエンザウイルスを持ったカモが池の中に糞をすると、池の水がウイルスで汚染されます。その汚染された水を別のカモが飲むと、そのカモも感染し、どんどん池の水が汚染されます。インフルエンザウイルスはカモにとっては無害であり、またカモは渡り鳥ですから、ウイルスで汚染された糞便をばらまきながら移動を続け、また自らも汚染された水を取り込んで別の場所へと運んでいくのです。この時、カモによって汚染された池の近くでアヒルが飼われていると、そこからアヒルに取り込まれます。さらに、一緒にブタが飼われていると、アヒルからブタへと伝搬するのですが、ブタはアヒルのウイルスとヒトのウイルスのどちらにも感染することができるので、時には両方のウイルスに同時に感染することがあります。すると、ブタの体内では、アヒルから来たウイルスとヒトから来たウイルスとの間で遺伝子の交雑が起こり、ヒトには感染しないはずのトリのウイルスがヒトに感染できるようになってしまうことがあるのです。このようにして誕生した新型インフルエンザウイルスが人間の世界に入ってくると、誰もがこのウイルスに対する免疫を持っていないため、世界的な大流行が起こるのです。過去に発生したスペイン風邪や香港風邪などの新型ウイルスは、このルートによって誕生したと考えられています。

  ところで、カモアヒルブタヒトのルートが完成するには、アヒルとブタが一緒に飼われていることが必要ですが、この条件を満たすのは中国南部を中心とした地域であることがわかっています。そして、過去において発生した新型ウイルスはもとより、将来においてもこの地域が発生源となる可能性もあります。

  このため現地では、ブタ、アヒル、ヒトそれぞれについて、新型インフルエンザウイルスを持っていないかどうか調べられており、もしも発見された時には直ちに世界中に情報が伝えられるという監視体制がとられています。




新型インフルエンザウイルス誕生の新たな可能性

 近年、鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染があちこちで確認されています。しかし、これは上で説明したルートでヒトの世界に入ってきた訳ではありません。東南アジアなどで、ヒトへの感染が見られた高病原性鳥インフルエンザウイルスの場合もそうですが、カモなどの水鳥から何らかの経路でウイルスがニワトリに感染し、そこからブタを介さず直接ヒトに感染している例が見つかっています。この段階ではまだ、ウイルスは「トリ型」のままで本来ヒトに感染するタイプではないので、新型インフルエンザウイルスとは呼びません。ではなぜヒトに感染してしまったのでしょうか? これは恐らく感染した人が「トリ型」ウイルスに感染しやすい人で、しかも相当近い距離から大量のウイルスをもらってしまったからだと考えられています。しかし、この「トリ型」ウイルスに感染した人が同じように「トリ型」ウイルスに感染しやすい人と接した時、感染が広がる可能性があります。これが繰り返されると、ヒトの体内で「トリ型」から「ヒト型」に変異してしまう危険性も出てきます。あるいは感染した人からブタなどの動物に感染が広がっても、やはり「ヒト型」に変異してしまうかも知れません。ここでウイルスが「ヒト型」となった時、「新型インフルエンザウイルスの誕生」となるのです。


(注1) 高病原性鳥インフルエンザウイルス

近年、東南アジアを中心にヒトへの感染が確認され、その致死率の高さと、また日本国内でも2004年1月に79年ぶりにニワトリの間での流行が発生したことから、一躍注目を集めるようになりました。この「高病原性」とは、鳥に対して高い病原性を示すウイルスという意味で、古くは「家禽(かきん)ペスト」という呼び名で扱われてきました。このように、「トリに対して高い病原性を持つトリ型インフルエンザウイルス」というのは決して新しいものではなく、かなり昔から存在していたことがわかっていますが、これまで「ヒト型」に変異したという記録は残っていません。ヒトでの感染が確認されていてもこの名称が使われているのは、まだ「トリ型」のウイルスだからです。
 高病原性鳥インフルエンザウイルスとなるのはH5型とH7型のHAタンパクを持つウイルスだけであることがわかっています。しかしカモの体内にあるときはまだ病原性を持たず、またカモからニワトリに直接感染することもありません。ところが、これがウズラ、七面鳥あるいはガチョウを介すことでニワトリに感染することがあり、さらにニワトリの間で半年以上感染を繰り返しているうちに病原性が高くなることがわかっています。この病原性は、他の鳥類や哺乳類、そして本来無症状であるはずのカモに対しても発揮されます。
 ただし高病原性とは言っても、これはあくまでトリに対する病原性ですから、ヒトが感染した場合には必ずしも高病原性を発揮する訳ではありません。例えば、平成16年2月に京都府で起こったH5N1型によるニワトリの高病原性鳥インフルエンザ集団発生の時には、防疫作業に当たった人のうち5人の感染が確認されましたが、いずれも無症状でした。またH7型でこれまでヒトに感染が確認されたのはH7N7型ですが、これはヒトに感染した場合、結膜炎が主症状でした。
 
しかし、東南アジアからアフリカでは、H5N1型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザにより、毎年死者が出ています。感染した人は全身感染、多臓器不全、重症肺炎などを起こし、半数以上は死亡しています。調査から、これらの人たちが「トリ型」ウイルスに感染しやすい人であることがわかっていますが、このウイルスが高病原性を保持したまま「ヒト型」に変異し、「新型インフルエンザウイルス」となった場合には、人類がかつて経験したことのない大打撃を受けることも予想されています。