気をつけよう

皮膚炎の原因 毒針毛

ドクガがなぜ恐いかというと、それはこの種類が毒針毛(どくしんもう。図1)という非常に短い毛を持っていて、それが皮膚に刺さると激しいかゆみをともなう皮膚炎を起こすからです。 毒針毛は、2齢幼虫から蛹になる前の終齢幼虫まで、体の主に背中側にある毒針毛叢生部(そうせいぶ)という部分に持っています(図2)。 毒針毛は脱皮のたびに新しく作られ、古いものは脱皮殻に付いたまま脱ぎ捨てられます。
ドクガは終齢幼虫から蛹になるときに繭(まゆ)を作ってその中で脱皮して蛹になります。 メスの幼虫は、その時繭に毒針毛をすり込みます。さらに、蛹から成虫になるときに、すり込んだ毒針毛を自分の腹の先にある長い毛の間に付けてから繭をやぶって外に出ます。 そして、成虫は何も食べたり飲んだりすることなく交尾し、産卵します。 メス成虫は、卵をかたまりにして産み付けます(卵塊:らんかいと言います)が、この時卵塊表面に腹の先の毒針毛を含んだ毛をすりつけて、毛で覆います。 孵化した1齢幼虫は毒針毛を持っていませんが、卵塊に親が残していった毒針毛を自分の背中にのせます。
少々わかりづらかったかもしれませんが、要するに毒針毛を作ることができるのは2齢幼虫から終齢幼虫ですが、終齢幼虫の毒針毛を繭・メス成虫・卵塊・1齢幼虫と次々と受け継ぐことで、ドクガは一生涯毒針毛を持っていることになります(ただし、オス成虫だけは持っていないとされています)。

図1.毒針毛の顕微鏡写真

毒針毛は、長さが0.1-0.2mmほどで、片方の端は鋭く尖り、反対側の端は4~5本に分かれて広がっています。両端には小さな穴が空いているとされています。この毛の中にはヒスタミンのほかいくつかの毒が入っています。
この毒針毛は、2齢幼虫では数百本ほどしかありませんが、大きくなるにつれて本数が多くなり、終齢幼虫では650万本に達するとされています。
毒針毛は、幼虫の体中に生えているわけではなく、毒針毛叢生部に束になって生えています(図2)。

図2.毒針毛叢生部の走査電子顕微鏡写真(越冬前幼虫の第1腹節背面D領域)
図3.毒針毛の走査電子顕微鏡写真(一部拡大)

幼虫の背中にある1対の毒針毛叢生部を撮影しました(画像をクリックすると大きな写真を新しいウィンドウで開きます:491KB)。
毒針毛は非常に抜け易く、右側半分の毒針毛叢生部からはかなりの毒針毛が抜けています。 なお、毒針毛叢生部周辺に生えている長い枝状の毛は毒針毛ではありません。
左側の毒針毛叢生部の一部を拡大したのが下の図です。 毒針毛は尖った方ではなくて、広がった方の端を外側にして毒針毛叢生部にセットされています。
このような構造から、幼虫に触ったらすぐに毒針毛が刺さるのではなく、まず毒針毛が毒針毛叢生部から抜けて皮膚に付着し、その部分を手などでこすったりしたときに皮膚に刺さることがわかります。 一度皮膚に刺さってしまうと、この片方が広がった形状と、毒針毛表面にある小さなとげ(図1にかろうじて写っています)によって簡単には抜けない構造になっています。 これは、ちょうど魚を捕るときに使う銛(もり)に似ています。

皮膚炎の症状

ドクガによる皮膚炎は、毒針毛が刺さることによって起こります。 毒針毛が刺さりっぱなしになるので、蚊やアブなど吸血性の昆虫に刺されたときとは症状がかなり違います。 ドクガ皮膚炎の一般的な進行について紹介します。
ドクガの幼虫に触ってしばらくすると、触ったところが少しむずがゆくなってきます。 思わず掻いたり衣類などでこすれると、たくさんの小さな赤い皮疹ができて急にかゆさが増します。 しばらくするとそれぞれの皮疹は大きくなり、隣の皮疹とつながって皮膚全体が赤く腫れあがり、耐えがたいかゆみに襲われます。 このかゆみは、放っておくと1週間以上も続きます。

ドクガ皮膚炎(6時間後)

ドクガ幼虫に触ってから、6時間ほどたった状態です。
この方はドクガについてよく知っていたので、幼虫に触った後無理に掻かずにすぐに水で洗い流しました。 ですから、刺さった毒針毛は比較的少なくて済んだと考えられます(これでも軽い方です)。

ドクガ皮膚炎(1日後)

ドクガ幼虫に触れてから1日後の状態です。
炎症がかなりひどくなっています。これから数日がもっとも痒い時期です。 ちなみに、前の晩は痒くて眠れなかったそうです。 その後、皮膚科で治療してもらったので、かゆみはかなり収まり、炎症も3日位で良くなったそうです。

ドクガから身を守るには

ドクガ皮膚炎は、北海道では主に幼虫(特に大きくなった終齢幼虫)に触ったときに起こります。 また、メス成虫に触ったときにも起こります。 そのほか、幼虫が大量発生した場合は、薬剤散布後の死体や脱皮殻などに付いている毒針毛が風に舞い、近づいただけでも皮膚炎になることがあります。 このページの作者の一人も以前ドクガ駆除現場を調査した際に、飛散した毒針毛が服の中に入り、ひどい目にあったことがあります。 この時は、近くで見ているだけだった人もやられました。 しかし、最も被害が大きいと考えられるのは、知らない間に気づかずに触ってしまう場合です。
ドクガから身を守るには、なんといってもドクガのいる場所に近づかないことが一番です。
幼虫は、草むらや河川敷、家の周りの空き地などに生息しているので、特に6月にはこのような場所には入らないようにします。 山菜採りや動物の観察などで、どうしても立ち入らなければならないときは、幼虫がいないかよく注意して歩きます。 イタドリやノイバラなど草丈の高い植物が生えているところでは、顔面や首をやられる可能性が高くなるので、特に気をつけましょう。
また、このような場所のそばにある公園や遊歩道にも発生していたり移動してくることがあるので、もし幼虫を見つけたら管理をしている人に連絡して駆除してもらいましょう。 新聞や市町村のドクガ発生情報に注意を払い、大発生しているときはこのような場所に立ち入るのを避けましょう。
庭木にも発生することがあるので、バラやボケ、イチゴなどのバラ科植物やツツジ類を中心に良く観察し、幼虫が小さいうちに早めに駆除します。 駆除の方法は別のページにあります。
特に幼虫が大きくなる6月中旬から7月上旬は被害が集中する時期ですので、ドクガ情報に注意し、以前にドクガが発生したところには近づかないようにしましょう。 また、肌の露出が多いとそれだけ被害も大きくなるので、外で作業するときには長ズボンと長袖を着て、ズボンの裾は靴下を上にして閉じてしまいましょう。
成虫は、幼虫の生息場所周辺にもいますが、夜灯火に飛んで来るので、発生場所の近くでは、成虫の時期である7月下旬から8月にかけて窓を開け放すのは避け、必ず網戸を閉めましょう。 また、朝になってもそのまま灯火の周辺にとまっていることがあるので、灯火の周辺で座って休んだりしないようにしましょう。 夏休みに夜外灯を回ってクワガタを採るときにも注意が必要です。 大発生の時には、公園・工場・店・家の外灯を一晩中つけずに、早めに消すことも効果があると考えられます。

皮膚炎になったら

もし、ドクガの幼虫や成虫に触ってしまったら、絶対に掻いたりこすったりしてはいけません。 すでに刺さってしまった毒針毛は仕方がないとして、まだ皮膚についたまま刺さっていない毒針毛を取り除くため、シャワーや水道などの流水で洗います。 この時もこすらないで、ヤケドをしたときのようにしばらく水でそのまま洗います。 もし石けんがあるなら泡立てて、その泡を使って触った場所を静かになでます。 その後、水で洗い流したらそのまま乾かし、触った部分にガムテープを貼り、べりべりと引きはがすと効果的だとさせています。
衣類などにも毒針毛が付いていますので、速やかに着替えるか、できればシャワーを浴びて着替えるようにします。 ドクガに触ったことがわかっていれば、この方法で被害を最小限に食い止めることができます。
着ていた衣類は、洗濯を1度したくらいでは毒針毛は除去されません(北海道には分布しないチャドクガでは、数回洗濯してもまだ皮膚炎になった例があるそうです)。 また、毒針毛は乾燥状態で長期間保存していても毒力はほとんど落ちません(6月の脱皮殻で次の年の3月にかなりひどい皮膚炎になったことがあります)。 ドクガの毒針毛の毒成分は水溶性との論文もありますので、長時間水につけておけば減毒されるかもしれませんが、そのような実験例はありません。 これらのことから、安全策としては、着ていた衣類は捨ててしまうのが一番と言うことになります。 長靴やカッパなど表面が比較的堅くてなめらかな素材であれば、洗剤をつけて毒針毛を洗い流せば大丈夫です。
もし野外で作業していて、急激なかゆみを感じ、そこに赤くて小さな皮疹が多数生じているようなら、知らずにドクガに触ってしまった可能性があります。 草かぶれなど他の原因かもしれませんが、念のため同じように応急処置をしておきましょう。
さて、ドクガに触ってしまった場合は、これら応急処置をしても多少の被害は避けられません。 かゆみがかなり長く続き、特に夜眠れないくらい痒いこともあるので、皮膚科を受診されることを強くお勧めします。 症状に応じた治療をしてくれるので、市販のかゆみ止めなどを塗るよりも楽になりますし、速く治ります。 受診の際は、ドクガに触ったあるいは野外で作業していた等の状況を必ず説明して下さい(最初じんましんと間違えられた例もあるそうです)。